小説「僕が、剣道ですか? 6」

 食事処では、天ぷらを頼んだ。江戸の魚の天ぷらが食べたかったのだ。風車はご飯の大盛りのお代わりを二度もした。僕も大盛りではなかったが、お代わりをした。

 味噌汁が上品な味で美味しかった。ききょうも匙で味噌汁をかけたご飯を沢山食べた。

 夕餉の帰りに、まだ外は薄暗くなったところだったが、提灯と蝋燭に行灯用の菜種油を買って帰った。火打ち石も買った。

 

 家に帰り着くと、まず風呂を沸かすことにした。薪に火をつけるのに時間がかかった。

 その火種を持って家に入り、囲炉裏の灰をかき分けて熾火(おきび)を作った。囲炉裏には鉄瓶を下げて湯を沸かすことにした。

 寝室は真っ暗だったので、行灯の皿に菜種油を入れて火をつけ光を採った。

 僕は玄関の上がり口にあった布団を寝室に運んだ。少し離して布団を敷いたが、きくがくっつけた。

 ショルダーバッグやナップサックは寝室の押入れの下段にしまっていた。千両箱もショルダーバッグの中にあった。

 きくは菊をあしらった着物を脱いで、普段着の着物に着替えて、菊をあしらった着物は、部屋の隅に畳んで置いていた。

「箪笥がいるな」

「ええ。でも、それほど着物はありませんわ」

「買えば良い」

「そんなに着て歩けません」

「浴衣を買ってくれば良かったな」

「そうですね。あした、箪笥などと一緒に買いましょう」

「買う物がいっぱいあるな」

「ええ。でも、それができるなんて、考えもしませんでした」

「そうか」

「そうですよ。女中は一生、女中をしているか、どこかお嫁に行くことになるのですが、嫁入り先にも家財道具は揃っていますから」

「そうだな」

「今日は不便でも、その不便さが楽しいんじゃありませんか。明日は何を買おうかって考えられるから」

「そういうものか」

「はい」

 そう話している時に、風車が襖越しに声をかけてきた。

「風呂が焚けたようですよ」

「じゃあ、入りましょうか」

「そうですな」

 手ぬぐいとバスタオルと新しいトランクスと肌着と折たたみナイフを持って、湯屋に向かったが、脱衣所には脱いだものを入れる籠がなかったし、風呂場には桶も腰掛ける物もなかった。とりわけ、桶がなくては躰が洗えない。仕方なく、瓶に水を入れた桶を庖厨から持ってきて、それを一時しのぎに使うことにした。

「明日は籠や桶に腰掛けなども買ってこなくてはなりませんな」と風車が言った。

「全くですね」

 脱衣場で着物を脱ぎ、風呂場に入ると、風呂場は意外に広かった。

 桶は一つしかないから、風車に勧めたが、風車が遠慮したので、僕が先に使うことにした。頭と躰だけを洗って、五右衛門風呂に入った。風車の水の調整が良くて、あまりこぼれ出すことはなかった。風車が躰を洗うと交代した。僕は、折たたみナイフで髭を剃った。

 髭を剃ると上がり湯をかけて、脱衣所でバスタオルを躰に巻いた。後から出て来た風車は手ぬぐいで躰を拭いていた。

 僕が肌着を着ると「珍しいものですな」と言った。今まで風呂場では風車の前で肌着を着ることはなかったのだった。戦うときに、着替えていたのは見たことがあっただろうが、戦闘用の服装だと思っていたのだろう。僕は答えに窮した。

 トランクスを穿くとバスタオルを肩に掛けて、古いトランクスを持つと外に出た。草履を履く時、下駄もいるな、と思った。

 家に入ると、「お茶をいれましたよ」ときくが言った。居間に行くと、囲炉裏の縁に湯呑みが二つ置かれていた。手にしたら、まだ熱くて飲めなかったので、冷めるのを待った。その間にバスタオルで頭を拭いた。

「では、わたしはお風呂に入ってきます」ときくは言って、バスタオル二つと新しいタオルに手ぬぐいとおそらく新しいショーツを隠し持って、ききょうを連れて湯屋に向かった。

 

「新しい布団は寝心地が良いですよ」と風車が言った。

「もう、眠ったんですか」

「いや、転がっただけですよ。でも、どの旅館の布団よりも上等だった」

「そりゃ、そうですよね、買ったばかりだし」

「それも新品を」と風車は言った。

「普通は新しいでしょう」と僕が言うと、「いいえ、そんなことないですよ」と風車が言った。

「大抵は、お古だったり打ち直した物が多いですよ。新品を買えるのは、お金がある者だけです」と風車は続けた。

「そういうもんですか」

「そうです。普通は綿の入った敷き布団はおろか、掛け布団まで揃えている家なんて豪商でもありませんよ」

「布団の値段がやたら高かったわけだ」

「そうですよ」と風車が言った。

「拙者も初めてなんですよ、こんな布団に寝るのは」と続けた。

 それから二人で明日買う物をリストアップしていった。

 そのうちにきくとききょうが湯屋から戻ってきた。

 髪にタオルを巻いていた。ききょうはおぶってはいなくて、抱っこ紐で抱っこをしていた。そのまま庖厨に行き、湯呑みに入れておいた冷めたお茶を飲んだ。ききょうには冷めた白湯を入れた哺乳瓶を咥えさせていた。

 お茶を飲み終えると、「明日、洗濯する物を脱衣所の棚に出しておいてください」と言った。

「拙者は自分で洗うので結構です」と風車は言ったが、「今日からは家族のようなものですから、一緒に洗います。出してください」ときくは言った。風車は小さく「わかりました」と言った。

 僕らは、草履を履いて、汚れ物を持って湯屋に向かった。