小説「僕が、剣道ですか? 4」

二十二

 その日の宿は、個室なら一泊二食付きで四百文の所に泊まった。

 一日抜いただけだったが、久しぶりに風呂に入った気分になった。髭を剃り顔を洗うと、ききょうを受け取り、半身浴の湯に浸かった。その間にきくは洗い物をし、自分の躰も洗った。

 湯から上がり躰を拭くと、トランクスを穿き浴衣を着た。きくはショーツを穿き、浴衣を着た。

 部屋に戻ると、夕餉の支度がしてあった。

 たっぷりとご飯を食べた。塩鮭が旨かった。ききょうにもご飯にまぶして食べさせた。

 布団を敷くと、「今日もゆっくりと眠るからね」と僕は言って早々と眠った。

 

 朝餉をとり、支払いを済ませて、宿を出る時、街道より山道の方が近道だと言うので、山道を通った。

 しばらく行くと、六人の浪人者が道を塞ぐように立っていた。その中の一人は昨日見た者だった。

「きく、ききょうと一緒に私から離れていろ」と言った。

 僕は、彼らに向かって歩いて行った。

「藩の者ではないな。とすると、幕府の隠密か」と僕は言った。

「鏡京介だな」

「だとしたらどうする」

「排除するまでだ」

「おぬしら六人でか」

「六人で十分だ」

「そうかな」

 六人は散った。前に二人、左右に一人ずつ、そして後ろに二人。

 左右の者が手裏剣を投げてきた。

 飛田衆の物とは違って、凄いスピードで飛んできた。かわすのがやっとだった。

 だが、彼らの狙いは手裏剣で手傷を負わせることには、無かった。その間に前と後ろの者が詰め寄ってきていた。

 そして刀が向かってきた。普通なら避けられるはずがなかった。だが、僕には、通用しなかった。前の二人を袈裟斬りにすると、すぐ後ろに迫ってきている者の腹を刺した。そして、右に走り、右から手裏剣を投げてきた者の胴を斬った。そして、すぐに左に走り同じようにその胴を斬った。最後に斬られた者は、自分が斬られたことを信じられないようだった。

 きくが走り寄ってきた。そして飛びついた。

「急ごう」と僕は言った。

「こいつらは幕府の隠密だ。私と知って襲ってきた。こいつらだけではないだろう。仲間がいるのに違いない」

「わかりました」ときくが言った。

 

 昼は丼ものを頼んだ。僕は親子丼をきくは卵とじ丼を頼み、卵とご飯と汁が混ざった部分をききょうに食べさせた。

 代金を払い、歩き出すと、すぐにつけられているのが分かった。

 今度は人通りの多い街道を歩いた。

 僕の後ろにぴったりと付いた者は、短剣を刺し出してきた。僕はその刃を避け、定国を抜くと、後ろの者の腹を刺した。

 後ろの者がよろめきながら倒れたので、悲鳴が上がった。

 僕は気にせず、きくの腕を掴んで早く歩かせた。

「右に二人、左に一人いる」と小声できくに言った。

 きくはききょうをおんぶしていた。僕が先を歩き、彼らがきくとききょうに何かしてくるのかどうか探った。

 彼らの狙いは、あくまでも僕のようだった。ただ、そのためには手段を選ばないだろう。きくとききょうを楯に取るのが、有効だと考えれば、そうするだろう。それだけは避けたかった。

 つけてくる者との心理戦が始まっていた。

 彼らは、後ろにぴったりと付いた仲間がやられたことを知っている。躰を必要以上に近付けるのは危険だと考えたのだろう。だがら、距離を取りながら隙を突こうと思っていた。それが分かっているから、隙を見せるわけにはいかなかった。だが、敢えて隙を見せるのも手かも知れないとも思った。

 八つ時には、団子屋に入り団子を食べた。きくはききょうにミルクを与えた。

 団子屋から出ても同じペースを保って付いてくる。

 右手に川が見えてきたので、僕ときくとききょうは河原に向かった。

 彼らも付いて来ざるを得なくなり、その姿がはっきりとした。

 僕は振り向くと、「さぁ、始めようぜ」と言った。

 僕はきくとききょうから離れるように走った。彼らも付いてきた。

 三人が僕を取り囲んだ。

 すでに六人斬られているのを知っている彼らは、僕の腕を見くびってはいなかった。

 距離を保ち、手裏剣を投げてきた。その手裏剣は定国がことごとく跳ね返した。

 彼らの投げてきた手裏剣を二枚拾うと、僕は左右の者に素早く投げつけた。その手裏剣は右の者には腕に、左の者には肩に刺さった。

 そして、無傷の者の元に急ぎ行くと、定国を抜いて袈裟斬りにした。そのまま右の者の元に走り、脇腹を突き、最後は左の者の腹を刺した。左の者の袖で定国を拭うと鞘に収めた。

 きくとききょうの元に急いで行った。きくは懐剣を抜いて構えていた。

「もう済んだ」と僕が言うと、懐剣を鞘に収め、袋に入れた。

「さぁ、行こう」ときくを急がせた。

 次の宿場まで付いてくる者はいなかった。

 川湯があると言う宿に泊まることにした。一泊二食付きで四百文だったが、隅の個室が取れた。

 川湯に入ろうと裸になったところを、五人に襲われた。

 きくとききょうを川湯に浸からせて、僕は裸で五人と対峙した。さすがに裸だったので、時間を止める以外に方法はなかった。時間を止めている間に、一人の刀を取り、五人の腹を刺した。そして、時間を動かした。五人は何が起きたのか、分からなかっただろう。いきなり自分の腹が痛み出したのだから。五人は隠れるようにどこかに行ったが、そう遠くには行けないはずだった。ひと思いに殺さなかったのは、川湯を血で染めたくなかったからだ。一人の刀だけを念のために取っておき、ゆっくりと川湯に浸かった。

 夜空が綺麗だった。先程の殺伐とした光景が嘘のようだった。

 川湯に浸かり、躰を洗うと、刀を遠くに放った。もう切り付けてくる者はいないと思ったからだ。だが、そこに油断があった。脱衣所を開けた途端に、何本もの刃が襲ってきた。

「きく、ききょう逃げろ」と僕は叫んだ。相手は裸のきくを追おうとしていた。僕は時間を止めた。近くの者の刀を取ると、きくを追っている者の背中から刺した。そして、振り向くと、刀を取られた者を斬り捨て、刀を持っている六人の腹を次々と刺していった。

 全員、刺し終えると、時間を動かした。彼らは自分が斬られていることに気付くのに、少し時間がかかった。そして、信じられなかったろう。

 僕は返り血を浴びたので、もう一度川湯に浸かり、躰全身を洗った。

 きくはききょうを抱いてやってきた。きくとききょうを抱き締めた。

 躰を拭き、トランクスを穿き、浴衣を着るとようやく落ち着いた。

 きくも浴衣を着たら、落ち着いたようだった。

 風呂から上がり、部屋に入ると夕餉の支度が出来ていた。僕は体力を沢山使ったので、沢山食べた。すぐにおひつが空になった。女中は空になったおひつを持っていき、ご飯の入ったおひつを持ってきた。

 僕は何杯でも食べれそうだった。きくはききょうに味噌汁を掛けたご飯を食べさせていた。ききょうも沢山食べた。

 膳が片付けられると、僕は布団を敷いた。その時、疲れがどっと襲ってきた。僕は布団に倒れ込むとそのまま眠った。