小説「僕が、剣道ですか? 4」

二十五

 朝餉をとったら、宿を出た。

 この先は城下町になる。さすがに公儀隠密も襲っては来ないだろう。

 だが、油断は禁物だった。襲ってはこないだろう、と思っている時が一番危ないかも知れないのだ。

 さすがに城下町ともなると、賑わいも一際だった。

 このところ緊張の連続だっただけに、きくに店々を見せて、リラックスさせたいと思った。いや、一番そう思っているのは、僕だったかも知れない。

 いろいろな物を見ているきくの頭を見ているうちに、いつか買った美しい櫛は今はどこにあるのだろうと思った(「僕が、剣道ですか?」を参照)。

「きく、櫛を買おう」と言った。

「いいわ、今ので充分」ときくは言った。

「それならかんざしはどうだろう」

 きくは小菊をかたどった物を手にして「それなら、これなんか、どうかしら」と言った。かんざしはたえに買ったことがあったが、きくには買うことができなかった(「僕が、剣道ですか?」を参照)。

「済みませーん」と僕は店の者を呼んだ。

「このかんざしをください」と言った。

 店の者が包もうとしたので、「そのままでいいです」と言って、きくに挿してみた。似合っていた。代金を払って店を出た。

「ありがとうございます」と言って、きくは僕の腕をとった。

 のどかな一時だった。

 

 昼餉に蕎麦を食べて、街道に出ると次の宿場を目指した。蕎麦屋では、いつものようにきくは庖厨を借りて、ききょうのミルクを作った。

 街道は段々、山道に向かっていた。人通りはあったが、山道はいつも忍び者が襲ってくる所だった。木々があることが、忍び者にとって都合がよかったのだろう。

 山道の坂を越えた辺りから、人影も少なくなってきた。後ろからついてくる者は、明らかに忍び者だった。三人だったのが五人に増えた。それが七人、十人となっていった。

 前からも六人ほど歩いてきた。

 挟まれた。

 その途端に手裏剣が飛んできた。

 時を止めるしかなかった。

 きくとききょうを木の陰に隠した。そして、手裏剣を投げた者の背後に回って、一人ずつ背中から定国で刺していった。十六人を刺し終わると、時間を動かした。

 十六の死体が突然に現れた。

 きくとききょうを木陰から連れ出すと、先を急いだ。すると上から網が降って来た。またしても、時を止めるしかなかった。

 きくとききょうを再び木の陰に隠し、時間を止めたまま、木に登り、網を投げた者を見付けると、刺し殺していった。四人いた。時間を動かすと、それらの者は木から落ちていった。

 僕は木から下りると、きくとききょうを木の陰から連れ出した。

 今度は矢が飛んできた。定国でうち落とした。すると四方八方から矢の雨が降って来た。またしても、時を止めるしかなかった。

 矢から、逃れられる木の陰にきくとききょうを隠した。そして、時間を止めたまま木に登り、矢を射ている者を次々と斬っていった。十五人斬った。弓と矢を手にして木から下りた。

 時間を動かすと、斬られた者が木から落ちてきた。

 僕は今度はきくとききょうを連れ出さずにそのまま先に進んだ。

 すると、またしても網が降ってきた。今度は、時間を止めずに、さっき手にした弓で矢を射た。四人に矢が刺さり、四人が木から落ちてきた。僕は彼らの元に走り寄り、とどめを刺した。

 山道に出ると、十人が刀を向けてきた。定国を振り上げ、僕は彼らに向かって突進していった。

 気がついた時は十人を斬り倒していた。

 きくとききょうを隠した木の陰まで行って、二人を連れ出した。そこに手裏剣が飛んできた。時を止めるしかなかった。

 時を止めたまま手裏剣が飛んできた方向に向かった。六人が投げる格好をしていた。その六人を定国で斬り殺した。

 時間を動かすと、「辛いだろう。だが、これはまだ序の口だ」と言う低い声が辺りに響いた。

 その通りで、山道には三十人が立ち並んでいた。

 時を止めた。定国で、その三十人の腹を切り裂いていった。時が再び動き出した時、彼らは刀を取り落として、腹から飛び出る腸を掴んでいた。

 僕はさっき声がした方向を探した。すると、木の上にいる年取った男を見付けた。その男が首領なのだろう。時を止めて、彼の元に行き、腹を裂いた。そして、帯を解いて、木から落ちないように吊り下げた。そして、時を動かした。

 今度は、その男の呻き声があたりに響いた。

 その声に反応した所に忍び者は隠れていた。僕は時を止めて、彼らに近付くと、後ろから背中を突き刺していった。二十人は刺しただろう。そこで、時が動き出してしまった。残った六人は時間が動いている中で斬り殺すしかなかった。

 僕は木を背中にしてやっと立っていた。

 もう動けなかった。

 しかし、目の前に二十人の忍びの者がいた。

 僕は死を覚悟した。

 その時だった。定国が黄色く光り出した。そして、その光に僕は包まれた。

 その光は血を欲していた。僕の躰は定国が動かしていた。

 僕は定国に従って、手裏剣を弾き、刀をかわして、次々と忍び者を斬っていった。

 忍び者の目に怯えが宿っていた。計り知れない力を前にどうしていいか分からない者のようだった。残りの忍び者は容易く斬れた。

 いつの間にか、僕の足元には二十人の忍び者が倒れていた。懐紙を出して、定国の血を拭った。そして鞘に収めた。黄色い光は消えていた。

 僕は我に返ると、きくとききょうを探した。

 きくはききょうをおんぶして走ってきた。僕は抱き締めたかったが、全身、血に濡れているのを知ると、「待て」ときくに言った。近くに水の湧き出している所を探した。山道の下に川が流れているのが分かったので、僕は川に下りていき、定国を帯から抜いて、石の上に置くと、着物のまま川に入っていった。そして、川の水をたっぷりと飲んだ後、頭から川の水に浸かると、血を洗い流した。川から出ると、着物を脱いで川の水で洗った。着物を絞ると赤い水が落ちた。その水が透明になるまで着物を洗った。そして濡れたままの着物を着て、帯で縛った。定国を帯に差すと、山道に上がって行った。

 僕を待っていたきくを強く抱き締めた。風呂敷包みを探して、全部見付けると山道を歩き始めた。その時、ききょうがぐずり出したので、道端の石に座って、ミルクを飲ませた。