小説「真理の微笑 夏美編」

四-四

 夏美は、高瀬から電話や手紙、メールがあった時から何もしていないわけではなかった。高瀬の手紙には「怪我をして、ある病院に入院している」と書かれていた。

 夏美はまず茅野にある病院全てに電話をして、高瀬隆一が入院していないか、確認した。しかし、答は全て「そのような患者さんはいません」だった。

 次に都内の病院に電話した。電話で答えてくれるところもあったが、その回答は「いません」だった。電話で答えてくれないところには、夏美自身が病院に出向いて尋ねた。その一つに富岡修が入院していた大学病院もあった。しかし、高瀬隆一という名前の入院患者はいないと言われた。その他の病院もほぼ同じだった。

 東京近郊の大病院にも電話した。しかし、収穫は何もなかった。

 こうして、高瀬隆一を捜し求める夏美には、まるで高瀬隆一がこの世からいなくなったような気がしてきた。

 しかし、電話があり手紙が送られてきて、毎日メールをしている。高瀬隆一は、どこかにいるのだ。夏美は明後日、警察に相談しに行こうと思った。

 

『隆一様

 先程、祐一と夕食を済ませました。あなたが美味しいと言ってくれたミートソースのスパゲティです。いつもの分量で作っていたら、あなたの分まで作ってしまいました。残ってしまったので、明日はナポリタンにして食べます。

 夜が来るのがこわい。ベッドに横たわっても、伸ばした手の先があなたに触れるわけではありません。あなたがいない事を痛いほど思い知るのです。

 長い夜はあなたの事を思っています。あなたの事を思い出し、あなたと一緒によく行った場所を思い出すのです。その光景を思い出すたび、涙が溢れてきて止まりません。毎晩、枕を涙で濡らしています。

 どうして会えないのですか。どうしても会えないというのなら、わたしがあなたを捜すしかありません。

 明後日、警察にもう一度行ってきます。そして、あなたから電話があった事、パソコン通信のメールが届いている事、手紙が送られてきた事を話すつもりです。そして、あなたの居所を捜してもらうつもりです。

 ただ会えないと書いてきたら、わたしはきっとそうします。この決心はかたいものです。

 明日一日、あなたに時間を差し上げます。よく考えてください。

 もし、お返事がなかったり、前と同じように、理由もわからないまま、ただ会えないというのであれば、わたしは警察に行きます。  夏美』

『夏美へ

 警察に行くことは許さない。もしお前が警察に行くことがあれば、もはやお前は妻ではない。祐一は俺の子ではない。お前たちとは絶縁する。そして、一切の連絡を絶つ、絶対にそうする。電話をしないし、メールも手紙も一切送らない。  隆一』

『隆一様

 あなたはむごい人です。わたしが警察に行けば、絶縁するとメールに書いて寄こしました。もう、電話をしないし、メールも手紙も一切送らないと書いてありました。そして、永久にわたしと祐一の前から姿を消すとも。

 あなたはわたしに、俺がお前たちの記憶まで消し去らなければならない事をするのか、とまで書いてきました。わたしが警察に行けば、必ずそうすると書いてありました。

 そんな事をされたら、わたしが生きてはいけない事をあなたは承知して書いてきたのです。そう書いてきたのには、それなりの訳があるのでしょう。

 それはきっと良くない訳に違いありません。あなたは、きっと許されない罪を犯したのですね。それで出てこられないのですね。会えないのは、そういう事なのですね。

 もし、間違っていたらごめんなさい。でも、そう考えるより他に考えようがありません。

 わたしはあなたに見捨てられたくはありません。だから、警察には行きません。もう、警察の人ともあまり関わらないようにします。ですから、電話をかけないなんて言わないでください。メールをしないなんて言わないでください。

 わたしが悪かったのです。許してください。

 でも、あなたに会いたい。この気持ちだけは止める事ができません。わたしを、このわたしを不憫に思ってください。お願いします。  夏美』