八
青木運送の受付で、警察手帳を見せて、「社長にお会いしたいんですが」と言った。
「ちょっとお待ちください」と言って、受付の女性は内線電話をかけた。
そして、電話をかけ終わると、「どうぞ。あの建物の三階です」と奥の建物を指さして言った。
僕は車が通り過ぎる中を、奥の建物に向かった。
三階建てのこぢんまりとした建物だった。エレベーターはなく、階段を上がって、三階に行った。ドアをノックして開けた。
ドアの近くの女性に「社長はどちらですか」と訊いた。
「奥の部屋です」と答えた。
「じゃあ、失礼します」と言って、僕は部屋を縦断して、奥の部屋の前に行った。
ドアをノックした。
「どうぞ」と言うダミ声が聞こえてきた。
ドアを開けて中に入った。
でっぷりとした五十代の男がデスクに座っていた。
僕は彼の前に行き、警察手帳を見せて、「鏡京介です」と言った。あえて、黒金署の安全防犯対策課の名は言わなかった。
「電話でも問合せがあったと思うんですが、高橋丈治さんについてお話を聞こうと思いまして」と言った。
ここで時を止めた。ズボンのポケットのひょうたんを叩いて、「これからこの男の頭の中を読み取ってくれ」とあやめに言った。
「わかりました」と応えた。
時を動かした。
「警察の方には、電話で言いましたよ。うちには、そんな人はいないって」と青木は言った。
「それは嘘でしょう。ここで働いていたことは分かっているんです」と僕は言った。
「何を証拠にそんなことを言っているんですか」と青木は言った。
僕は時を止めた。
ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。
「あやめ。読み取れたか」と訊いた。
「はい、送ります」と言った。
映像が送られてきた。
青木雄蔵は高橋丈治と相対していた。
「おまえ、しばらくどこかに隠れていろ」と青木が言った。品川署から電話がかかってきた昨日のことだった。
「どこに隠れていればいいんですか。教えてくださいよ」と高橋丈治は言った。
「取りあえず、この別荘に潜んでいろ」と青木は地図とキーを渡した。そこは軽井沢の別荘だった。社員の慰安用として購入されていたが、実際は社長の専用の別荘だった。住所は北軽井沢町****だった。
「青いバンはどうなったんですか」と高橋丈治は言った。
「すぐにスクラップになるさ」と青木は言った。青いバンは、墨田区のスクラップ工場に今日送られていた。すぐにスクラップにするように、五十万円ものお金を経営者に渡していた。
その工場の電話番号は****だった。
僕はここで一旦映像を止めた。
あやめに「これからの奴の頭の中も読み取り続けろよ」と言って、時間を動かした。
「嘘を言ってもらっては困るんですよ」と僕は言った。そして、携帯を取り出すと電話をした。スクラップ工場にだった。
「何をしているんだ」と青木が言った。
僕は青木を無視して、「社長をお願いします」と言った。
「わたしが社長の中込だが、あなたはどなたですか」と四十代らしい男の声がした。言わなかったが中込圭一がフルネームだった。
「警察の鏡京介です。今日、青木雄蔵から青いバンのスクラップを頼まれましたね」と言った。
「そんなことは知りません」と中込は言った。
「嘘を言っても駄目ですよ。五十万円もらっているでしょう。もう、調べはついているんです。いま青のバンはありますか」
「そんなの知りません」と中込は言った。
「殺人の共同共犯になってもいいんですか」
「あ、あります」と中込は慌てて言った。
「そうですか。スクラップにされましたか」
「いや、まだです」と中込は言った。僕はホッとした。
「すぐに、スクラップは中止してください。鑑識を送りますから、そのままにしておいてください。その車はある轢き逃げ事件の対象車なんですよ。もし、スクラップにしたら、あなたも共犯ということになりますからね」
「わかりました」と中込は言った。
「一体、何をやっているんだ」と青木が怒鳴った。
「あなたの犯罪をあばいているところですよ」と僕は言った。
すぐに携帯で品川署の交通課に電話した。
「私は黒金署の安全防犯対策課の鏡京介と言います。岸田信子さんをお願いします」と僕は言った。
僕の言ったことを聞いていた青木が「あんたは黒金署の安全防犯対策課の人だったのか。だったら、何でここに来る必要があるんだ」と言った。
「所轄は関係ないんですよ。警察官は皆、同じですから。少し静かにしていてもらいましょうか」と僕は言った。
「岸田です」と岸田信子が出た。
「朝、連絡をいただいた鏡京介です。新たな事実が分かったので、お知らせします。急ぎなのですぐに動いてください」と言った。
「わかりました。どうぞ」と岸田は言った。
「青のバンは墨田区の****スクラップ工場にあります。社長は中込圭一です。電話番号は****です。今にも、スクラップにされる状態にあるので、すぐに鑑識を向かわせてください。お願いします」と言った。
「わかりました。すぐ手配します」と言って電話は切れた。
青木雄蔵は椅子に深く座っていた。電話の様子からして事態を把握したようだった。
「で、高橋丈治は何処にいるんですか」と僕は訊いた。
「知るか」と青木雄蔵は答えた。
「そうですか。でも、何処にいるかは知っているんですよ」と僕は言った。
携帯を出して、一一〇番にかけた。
「こちら、警察です。事故ですか、事件ですか」とオペレーターの声がした。
「私、黒金署の安全防犯対策課課長の鏡京介と言います。品川区で起きた轢き逃げ事件の犯人の潜伏先を知っているのでお伝えしようと思って電話しました」と言った。
「品川区で起きた轢き逃げ事件ですか。どなたが轢き逃げされたのでしょうか」と訊いてきた。
「凉城恵子さんです」と言った。
「で、誰が轢き逃げ犯人なんですか」とオペレーターは言った。
「高橋丈治という男です」と僕は言った。
「どこにいるんですか」とオペレーターは言った。
「北軽井沢にいます。急ぎなので、北軽井沢署に繋げてもらえませんか」と僕は言った。
「少々、お待ちください」
「こちら北軽井沢署です」と女性の警察官が出た。
「そちらの管轄内の別荘に轢き逃げ事件の犯人と疑わしい男がいると思われるので、任意同行を求めて、事情を聞いてください」と言った。
「その人は誰で何の事件の被疑者で、別荘の場所はどこですか」と矢継ぎ早に訊いてきた。
「高橋丈治という男で、品川区で起きた轢き逃げ事件の犯人であるのが濃厚です。別荘は北軽井沢町****です」と言った。
「わかりました。あなたのお名前は」と訊いた。
「黒金署の安全防犯対策課課長、鏡京介です」と答えた。
「すぐに署員を向かわせます」と彼女は言った。
「よろしくお願いします」と僕は言って携帯を切った。
僕は時間を止めた。
「あやめ。映像を取り続けていたか」
「はい」
「じゃあ、流せ」
映像が流れてきた。
この部屋だった。
『あいつ、何で、スクラップ工場のことを知っているんだ。そんなはずはないのに。それに金額も知っている。何者なんだ、こいつ。まさか、俺が高橋丈治に命じて、凉城恵子を轢き殺させたことも知っている訳じゃないだろうな。しかし、知っているかも知れないな。そうでなければこんな所に来るはずがないじゃないか。それに、高橋丈治の居場所まで知っている。俺とあいつしか知らないことなのに、何故だ。一体、どうなっているんだ』
時を動かした。