小説「僕が、警察官ですか? 4」

 僕はデスクに手をついて、前のめりになって、青木に顔を近づけた。

「私が何者か、知りたいでしょう。どうして秘密にしていることが分かるのか、不思議でしょうがないでしょう。それはこうして話しているからですよ。あなたのことは隅から隅まで調べてきているんですよ。だから、何をしようとしているのかは、話しているだけで分かるんですよ」と僕は嘘を言った。

「誰に命令されたかも知っているんですよ」と続けた。

 ここで時を止めた。

「あやめ。奴の今の考えを流せ」と言った。分かっていることだったが、確認したかったのだ。

 青木は『まさか、島村勇二さんのことまで知っている訳じゃないよな。二百万円渡されて、引くに引けなくなったことも』と心で呟いていた。

 時を動かした。

「誰だと言うんだ」と青木が言った。

「関友会の関連会社、堺物産の部長、島村勇二でしょう」と言うと、青木は唇を噛みしめた。

「彼から二百万円を受け取りましたよね。それでやらざるを得なくなった」と僕が言うとうな垂れた。

「いずれ、あなたも事情聴取を受けることになるでしょう。今日はこれで帰りますが、私の目が光っているということをお忘れなく」と僕は言った。

 僕が帰った後、青木は島村勇二に電話をするだろう。

 向こうがどう出るかはその電話次第だった。

 

 僕は青木運送を出ると、署に戻った。

 デスクにつくと電話が鳴った。

 出ると岸田信子からだった。

「青いバン、見つかりました。今、署に運んでいるところです。署に着いたらすぐに鑑識に回します。ありがとうございました」と言った。

「そうですか、良かったですね。間に合って」

「ええ」

 そう言って電話は切れた。

 鑑識の結果で、凉城恵子をはねた車であることが分かれば、当然運転していた高橋丈治も重要参考人になる。

 そして、それを指示した青木雄蔵にも行き着くかも知れない。しかし、今回はそこ止まりだろう。青木雄蔵は島村勇二の名前は決して口に出さないだろう。ということは、この轢き逃げ事件とNPC田端食品の「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入していた事件とを結びつけるのは困難だということに他ならない。唯一の証人である凉城恵子が殺されたからだ。

 

 午後五時になったので、安全防犯対策課を出て、家に帰った。

 きくが出迎えてくれた。

「子どもたちは?」と訊くと、「今は、プリント中です」と答えた。

「そうか。じゃあ、風呂にでも入るか」

 僕は鞄から弁当箱と水筒を出すと、きくに渡した。

 寝室でスウェットに着替えて、風呂場に向かった。

 バスルームに入ると、髭を剃り、頭を洗い、躰を洗って、浴槽に浸かった。

 島村勇二は僕のことは忘れてはいないだろう。何しろ、刑務所送りにした張本人だから、今回も狙ってくるかも知れなかった。僕が剣道の達人だということは知っているから、接近戦はない。飛び道具を使ってくるだろう。前回もそうだったが、近距離の飛び道具なら対処できる。やっかいなのは、遠距離の飛び道具だった。狙撃銃のようなものを使われたら、どうにもならない。だが、動かないものならともかく、動いているものを狙い撃つのは、至難の業だ。相当の腕が必要になる。

 そこまでやるだろうか。

  もう一つ方法がある。家族を狙うことだ。子どもの命の保証がないと脅せば、引き下がると思っているかも知れない。そうして来たら、もっと恐ろしい脅しをかけてやるつもりでいた。

 だが、向こうには、倉持喜一郎がいる。彼も時を止められたが、その能力は僕の方が勝っていた。それを知っているから、倉持喜一郎は島村勇二に、僕に関わるなと忠告をするだろう。だが、それを聞かなかったら、島村勇二にはそれ相応の報復をするだけだった。

 これは誰にも止められないことを分かっているのは、倉持喜一郎だけだろう。

 いろいろ考えていても仕方ないから風呂から出た。

 

 風呂上がりのビールは美味しかった。

 おつまみはオニオンリングに、オニオンサラダだった。

 外側の厚切りにした部分をフライにし、中の方は薄くスライスして、水にさらして、鰹節と和えて醤油で味付けをし、檸檬を垂らしていた。

「どこで覚えているの、こんな料理?」と訊くと「テレビの料理番組です」ときくは答えた。

「前にも同じことを訊かれましたよ」ときくは言った。

「そうだったっけ」と僕は言った。

 毎日、違う料理を作るのも大変なのに、酒のつまみも作らなければならないのは、二重に大変だろうな、と思った。

 

 夕食が済んで、寝室でパソコンのキーボードを叩いていた。メモ書きを打ち込んでいた。頭の中を整理したかったからだ。

 そのうちに、風呂から上がったきくがやって来た。

「明日は、病院に行くんです」

「定期的に行っているのか」

「はい。でも、先生が何を言っているのか、時々わからないことがあります」と言った。

「そうしたら、分からないって言えばいいじゃないか」

「そうなんですけれど、そうすると、不思議な顔をされるんですよ」

「どうして」

「前にお子さんを二人も産んでいるのに、わからないんですか、って言われるんです」ときくは言った。

「そうか。きくにとっては、現代で産むのは、初めてだものな。分からないのも当然だ」と僕は言った。

「そうなんです。だから、何となく、病院は苦手なんです」と言った。

「今の医者はみんな親切だから、分からないことがあれば分かるまで訊けばいい。きくが心配することではないよ」と言った。

「そうですか。ああ、それから、今はお腹の中の赤ちゃんの様子もわかるんですね」ときくは言った。

「そう。超音波でね、見えるんだよ」と僕は言った。

「それも不思議なんです」ときくは言った。

「そうかも知れないな。とにかく、きくにとっては、何でも現代では初めてだから、素直に病院で産むのは初めてだと言えばいい。先生が丁寧に説明してくれるよ」と僕は言った。

「わかりました」

 

 ベッドに入り、きくが眠ると、時を止めて、鞄からひょうたんを取り出した。

 そして、ダイニングルームに行き、長ソファに横たわり、ひょうたんの栓を抜いた。

 あやめが現れた。

「今日も助かったよ」と言った。

「そうですか。わたしはいつも主様と一緒ですから、嬉しいですわ」と言った。

「仮に相手が遠くにいても、私を直接狙っていることが分かれば、その邪気は分かるかな」

「わかるかも知れません。その場合は、きっと邪気も強いでしょうから、遠くにいても感じるかも知れません」

「これからは遠くの方の邪気にも注意を払ってくれ」と言った。それは狙撃銃で狙撃されるかも知れないことを念頭に置いて言っていた。

「わかりました。できるだけのことはします」

「そうか。頼んだよ」

「それより、ご褒美は頂けませんか」とあやめは言った。

「いいよ、おいで」と僕は言った。

 あやめは躰をすり寄せてきた。唇が触れた。舌が絡まった。そして、躰が交じり合った。

 長い夜が始まった。