小説「僕が、警察官ですか? 4」

 交通事故の現場は、凉城恵子の意識から分かっていたので、事故現場に向かった。

 凉城恵子の家の近くだった。そこには縦の掲示板が立っていた。

『二〇**年**月**日午前七時十五分頃、ここで轢き逃げ事件が起きました。青い車を見た人は、****までご連絡ください』と書かれていた。

 僕はズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「ここで起きた、二年半から三年前の交通事故のことが読み取れるか」とあやめに訊いた。

「わかりませんが、霊気は感じるので読み取ってみます」と言った。

「やってくれ」

 しばらくして「読み取れました」と言った。

「送ってくれ」と言った。目眩とともに映像が送られてきた。

 高橋丈治、二十六歳が運転する青のミニバンが、凉城恵子が来るのを待って、動き出した。そして、アクセルを全開にすると、青で横断歩道を渡っている凉城恵子に追突し、そのまま逃げ去った。凉城恵子は携帯を見ていて、青いバンに気付かなかったのだ。ほかの者は避けていた。

 高橋丈治は、そのまま直進し、左折した。その先に監視カメラがあるからだった。監視カメラの位置やNシステムについては、島村勇二から何度も聞かされていた。今回の轢き逃げも島村勇二の指示だった。

 凉城恵子が口を割りそうだったからだ。

 島村勇二は、凉城恵子が一度目の事情聴取には堪えられても、二度目は無理だと判断したのだ。

 高橋丈治は堺物産の下請けの青木運送業の社員だった。もちろん、関友会の構成員だったので、島村勇二の命令は絶対だった。

 僕は近くの公衆電話から、掲示板に書かれていた連絡先に電話した。

 オペレーターが出た。

「どうしました」と言った。

「****に立てられている掲示板を見て電話をしました。私は黒金署の安全防犯対策課の鏡京介といいます。直接、事故は見ていないんですが、青の車は、****のミニバンで、堺物産の下請けの青木運送業の高橋丈治が運転していたものです。調べてみてください」と言って、電話を切った。

 

 署の安全防犯対策課に戻ると、電話がかかってきた。

「先程、電話をくださった方でしょうか」と女性の捜査員が訊いた。

「そうです。鏡京介です」と答えた。

「もう少し詳しく話していただけませんか」と彼女は言った。

「あなたのお名前は」と僕は訊いた。

「岸田信子です。先程、聞いたことですが、どういうことか、もう少し話していただけませんか」と言った。

「電話したことですべてです」と僕は言った。

「その情報はどこから入手されましたか」と岸田は訊いた。

「そんなことを言う必要がありますか。聞いた人からは、自分の名前は出さないようにと言われました。だから、電話したことがすべてです」と答えた。

「そうですか」と岸田は少しがっかりした声をした。

「ちゃんと、調べてくださいよ。確かな情報ですから」と僕は念を押した。

「わかりました。失礼します」と岸田は言って、電話は切れた。

 僕を拳銃で狙った高島研三は懲役七年の実刑が確定し、刑務所に入っているが、それを指示した島村勇二は、最後まで否定し続け、高島研三も自分一人の意志でやったと言い張ったことから、島村勇二は携帯電話の通話記録だけが問題となった。発砲の一時間前と、直後に会話をしていることから、この発砲に島村勇二が関わっていたことは濃厚だったので、殺人教唆が問われ、実刑二年の刑が言い渡された。その刑が確定し、島村勇二は服役し、今は社会に出て来ている。実刑二年というのは、刑期としては短いが、通話記録だけが証拠だったので、島村勇二が主導したとは言い切れなかったからだ。しかし、執行猶予がつかなかったのは、警察官に対する発砲という事件の重大性からだった。だが、逆にそれがその世界では、島村勇二にハクをつけることになった。

 今回の轢き逃げでは、万が一、高橋丈治が捕まったとしても、島村勇二には辿り着けないだろう。癪だが、それが現実だった。

 

 僕には分からないことがあった。そもそも、二〇**年**月に起きたNPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入していた事件は何のために起きたのか。グリコ・森永事件のような食品会社を標的とした企業脅迫事件なら分かるが、NPC田端食品株式会社の場合には、そのような脅迫は全く無かった。犯人の目的が分からなかった。

 西森は「ただの愉快犯じゃないですか」と言っていたが、果たしてそうだったのか。それにしては手が込み過ぎている。

 

 家に帰った。きくが出迎えてくれたが、晴れ晴れとした顔をしていた。

「どうしたんだ」と訊いた。

「PTAの役員にならずに済みました」と答えた。

「良かったな」と僕は言った。

「このお腹を見て、みんなが子どもができることを知ったので、それじゃあ無理ね、と言われました。良かったです」とお腹をさすった。

 

 風呂に入った。

 NPC田端食品株式会社のことが頭から離れなかった。これほどの事件がただの愉快犯として引き起こされたものではないことは、覚醒剤を混入した凉城恵子が、高橋丈治に轢き逃げされて殺されたことでも明らかだった。その背後には、島村勇二がいる。

 何のために、「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤を混入したのだ、そこが僕には分からなかった。

 明日、安全防犯対策課の者に訊いてみようか、と思った。彼らの中に分かる者がいるとは思えなかったが、分かりそうな者を知っているということはあるかも知れなかった。どうせ、僕自身では分からないことなんだから、訊いてみるのも一つの手ではあった。

 

 風呂から出てビールを飲んだ。

 つまみはたこの薄切りだった。僕はそれをつまんだ。美味かった。そして、ビールで流し込んだ。

 

 次の日、出署して安全防犯対策課に行った。

 メンバーは全員来ていた。

「ちょっと、訊きたいことがあるんだが」と切り出した。

 メンバーは僕の方を向いた。

「千人町交番所長をやっていた時に、起きた事件なんだが、二〇**年**月にNPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入されていて、それを飲んだ人が交通事故を引き起こしたという事件があったんだ。こんな事件のときには、脅迫状が届いたり、脅迫金を要求するようなことが起こるはずなんだが、そういうことが一切なかったんだ。覚醒剤を混入しておいて、何かのメリットでもあるというのだろうか。そこが分からないんだ。分かる者がいたら教えてくれ」と言った。

 岡木治彦が声を上げた。

「それなら、捜査二課の安達に訊けばいいかも知れません」

 僕は「安達?」と訊き返した。

「ええ、安達祐介です。株に関して詳しいですよ」と言った。

「岡木は株が関係していると思っているのか」と僕は訊いた。

「脅迫状が届いたり、脅迫金を要求するようなことがなかったということは、その「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤を混入することで株価が下がることが狙いだったんじゃないですかね」と答えた。

「株価か」と僕は言った。

「ええ。それしか考えられませんよ」と岡木は言った。

「どうも、ありがとう」と僕は言った。

 さっそく捜査二課に行くことにした。