小説「僕が、警察官ですか? 3」

二十七

 安全防犯対策課に戻ると、退署時間になっていた。僕は鞄を取ると、「お先に」と言って、安全防犯対策課を出た。

 家では、きくが出迎えてくれた。

「お風呂になさいますか」と訊くので、「そうしよう」と答えた。

「塩辛って食べますか」と訊くので、「食べるよ」と言った。

イカを買ったので、お義母様に教わって、作ってみました」

「そうか」

「初めて作ったので、美味しいか、どうか」と不安そうなことを言う。

「きくは食べてみたんだろう」

「ええ」

「どうだった」

「わたしには、ちょっと……」と言った。きくの口には合わなかったのだ。慣れると美味しいんだがな、と思った。

 とにかく、風呂に入った。

 そして、風呂上がりのビールのつまみに、その塩辛が出た。

 食べてみた。塩加減も丁度良く、美味しかった。

「美味いじゃないか」と言うと、きくはホッとした顔をした。

 

 夕食は、鯛の炊き込みご飯だった。

「何かいいことがあったのか」と僕がきくに言うと、「特にそういうわけじゃあ、ありませんが、生まれてくる赤ちゃんは男の子だそうです」ときくは言った。

「そうか、男の子か」と僕は言った。

 そして、京一郎に「お前に、弟ができるな」と言った。京一郎は頷いた。

 イカはその他に里芋と煮付けたものとげそを揚げたものが出た。

 塩辛はききょうは食べたが、京一郎は一口、口にすると、皿を僕の方に押しつけてきた。

「京一郎は塩辛は駄目か」と訊くと、「だって、生臭いんだもの」と言った。

 京一郎の分は僕が食べた。

 

 次の日、僕はひょうたんを鞄に入れて出署した。

 安全防犯対策課に行くと、ひょうたんを鞄から出してズボンのポケットに入れた。そして、緑川に「ちょっと出てくる」と言って、安全防犯対策課を出た。

 四階の待合室の隅の席に座ると、ズボンのポケットのひょうたんを叩いて、あやめに会議室に行かせた。捜査会議の内容が知りたかったのだ。

 あやめが戻ってくるまでは携帯を見ているしか方法がなかった。

 お昼頃、あやめは戻ってきた。そして、すぐに映像を送ってきた。

 映像を全部受け取ると僕は立ち上がった。

 愛妻弁当と水筒を取りに安全防犯対策課に行った。そして、それを取ると屋上のベンチに行った。

 弁当を開けながら、映像を再生した。

 捜査本部席には、署長、管理官、捜査一課長、捜査二課長、サイバーテロ対策課長が座っていた。

 署長がマイクを持って挨拶をし、中上の取調の状況を捜査一課長に訊いた。

 捜査一課長はマイクを持って、「捜査一課長の相沢です。中上の取調は二係がやっているので、後で詳しい報告があるでしょう。今のところ、連続放火事件については、最後の一件だけを残して、他はやってないと主張しています。その他については、主にパソコンを使った詐欺ですが、それは認めています。そちらは二課に報告してもらいます。最後に、サイバーテロ対策課から、連続放火事件の実行犯だというメールが多数寄せられているのでそれがどうなのかということと、中上の二月二十六日のアリバイと五月二十二日の放火について動機がわかったという知らせがありましたので、報告してもらいます。まず、二係から報告してください」と言って座った。

 マイクは二係に渡り、岡山が立ち上がった。

「二係の岡山です。五月二十二日の放火については、自分がやったと自供していますが、それ以外は否認しています。声明文はどうやって書いたのかということに対しては、メールで送られてきたとか、自分で考えたとか、供述が二転三転しています。後で報告があると思いますが、二月二十六日、三月二十八日と四月二十九日の放火については、中上自身についてはアリバイがあるので、他に実行犯がいるものと見て、交友関係などを当たっていますが、今のところ、それらしい人物は出てきません。ネットを通して、実行犯を募ったというのが、もっとも有力ですが、これはサイバーテロ対策課の報告を待ちたいと思います」と言って座った。

 次に二課の課長がマイクを握った。

「捜査二課長の杉村です。中上は偽のウィルス除去ソフトを使った詐欺を二万件以上行っています。また、偽のクラウドサービスによる詐欺も数百件に及んでいて、今、被害届を呼びかけている最中です。今、被害届は偽のウィルス除去ソフトに関しては百五十六件、金額にして七万八千円。偽のクラウドサービスについては十八件、金額にして五万四千円でありますが、これはまだまだ増えると考えています」

 最後に、サイバーテロ対策課の課長がマイクを握った。

サイバーテロ対策課の課長谷崎です。まず、放火事件の実行犯だと名乗るメールについては、出所を確認した上で、すべてが虚偽のものだとわかりました。また、中上のパソコンを解析していますが、放火の実行犯を募った形跡はありません。次に二月二十六日のアリバイですが、この日は偽クラウドサービスの画面作りなどを一日中していることがわかりました。これは中上のパソコンの解析結果から出たことです。その後、中上が偽クラウドサービスを始めていることからしても、二月二十六日は一日中パソコンを使っていたものと思われます。また、五月二十二日の放火の件ですが、その動機は仮想通貨の下落だと思われます。中上は四月二十七日に、他人のパソコンに分散して隠していた自分の預金を全額、ある仮想通貨に換えたのですが、五月に入ってからすぐに下落し出して、現段階でおよそ三十五%損失をしています。それでむしゃくしゃしていたのだと推量します。これは捜査一課二係で取り調べてもらえばわかることだと思います。また、他人のパソコンを乗っ取って使用していることから、電子計算機損壊等業務妨害罪、および威力業務妨害罪としても立件するつもりです」と言って座った。

 捜査一課二係の岡山がマイクを握り、「二係の岡山です。今、谷崎課長の言われたことを受けて、中上の取調を行ったところ、五月二十二日の放火は仮想通貨の下落にむしゃくしゃしていたという供述を得ています」と言って座った。

 最後に署長がマイクを握って、「今の報告によれば、放火事件については、五月二十二日の放火は中上本人の自供もあるので、中上がやったと確認できているが、二月二十六日、三月二十八日と四月二十九日の放火については、声明文を出しただけで本人はやってもいないし、他に実行した犯人も、実行したというメールが届いただけでこれも偽物だと判明した。ということは実行犯は依然として見つかっていないことになる。しかし、放火は実際に起こっているのだから、誰かがやったことには違いがない。声明文がある以上、中上がやらせた可能性が高いが、そのあたりを追求してもらいたい。と同時に、パソコンを使った詐欺が多数行われているので、この解明と被害届を多く出してもらうように努力してもらいたい。次回は月曜日の午前九時とする。他に意見が無ければ、これで散会する」と言って座った。意見を言う者はいなかった。

 捜査会議は終わった。

 

 時計を見ると、午後二時近かった。

 水筒のお茶を飲むと、そっと安全防犯対策課に戻った。

 緑川が「長いお昼でしたね」と嫌味を言った。

 

 捜査会議の映像を見る限り、放火事件については、五月二十二日の放火は中上本人の自供があるので、中上がやったものと確認ができた。ただ、二月二十六日、三月二十八日と四月二十九日の放火については、他に実行犯がいるものとして捜査を継続していくようだが、これも無駄足になるだろう。パソコンを使った詐欺については、追々と全貌が判明していくことだろう。

 とにかく声明文についてだけは、僕に責任があるからどうなるのか、心配していたが、二月二十六日のアリバイも成立しそうなので、中上本人が実行したということだけは避けられた。そして、他に中上に依頼を受けて実行したという犯人も見つからないだろう。

 四月二十九日の放火が、死者が出ているので事件としては大きいが、これは戸田喜八がやったことだということは僕だけが知っている。この件についても中上にはアリバイがあり、他に実行犯がいないとなれば立件はできないだろう。そうなると、中上の詐欺の方が、数が多い上に罪が重い。これをしっかりと解明してもらいたいものだと思った。

 連続放火事件は、黒金署としては大きな事件だっただけに、一山越えたという気分が、マイクを握る署長の声からも感じられた。後は地道な検証と捜査が残るだけだった。