小説「僕が、剣道ですか? 7」

十二

 入院後、学校に行くと、早速富樫が寄ってきた。幸い、今度は別のクラスだった。だから、休み時間しか会えない。

「お前、不死身だなぁ」と言うのが、挨拶のようなものだった。

 その後で、「剣道部に入部の手続きはしておいたからな」と言った。

「おい、剣道部に入るとは言ってないぞ」と僕は抗議した。

「練習はしなくていい。どうせ、来ないんだろう」と富樫は言った。

「ああ」

「試合時の必要要員さ」と富樫はあっさり言った。

「顧問の先生や監督はそれでよく0Kしたな」と僕が言うと、「お前は他の部活でも忙しいことにしておいた」と応えた。

「道着などは勝手に注文しておいたぞ」と富樫は言った。

「竹刀と五本入れられる竹刀収納バッグもな。簡易ゴルフバッグじゃあ、格好悪いだろう」と続けた。

 なるほどと思った。竹刀収納バッグの方が簡易ゴルフバッグよりましだった。五本入りなら、竹刀の他に定国を入れられる。

「ああ、それから夏季剣道大会兼関東大会の団体戦個人戦にも出場名簿に書き入れておいたからな」と言った。

「五月の第三土日だ」と続けた。

「無茶苦茶だ」と僕は言った。

「まともに訊いたって、どうせ出ないと言うんだろう。だから、こっちで勝手に出場することにした」と言った。

 言うことだけ言って、さっさと行ってしまった。

 

 絵理とも沙由理とも違うクラスになった。

 同じクラスの女子からは、最初の日の休み時間まで秋波が送られてきたが、沙由理が休み時間に来て僕の椅子にくっつくように座ると、態度が変わった。

「今度の金曜日にカラオケに行かない」と誘われた。

「用事がある」と言った。午後八時に黒金金融に行く約束になっていた。金ができたという連絡が神崎からあった。

「じゃあ、土曜日は」と言うので「それならいい」と答えた。

「そう、じゃあ、後で連絡するね」と言って、教室から出て行った。

 次は古典の授業だった。

 

 夕食時に、父が「お前の言っていた不動産屋から電話があった」と言った。

「それでどうしたの」と訊くと、「書類を送ってくるそうだ。それから、日曜日に来て説明すると言っていた」と答えた。

「それでいいじゃない」と僕は言った。

 割り込むように「不動産屋って何ですか」ときくが訊いた。きくは、新しく買った薄いピンク柄のパンツルックになっていた。

「土地や家を売り買いしているところよ」と母が説明した。

「何か買うんですか」ときくが訊くと、「土地を買うことになった」と父が言った。

「そうですか。京介様がそうしたんですよね」ときくは言った。

 父は「どうしてわかるの」ときくに訊いた。

「前もそうでしたから」と答えた。

「前も、って江戸でのこと」と父が訊いた。

「そうです」ときくが答えた。

「そうか」と父は呟くように言った。

 それから僕の方を向いて、「資金はどうするんだ」と言った。

「金曜日の夜十時までには、ここに二億五千万円入ったバッグを持ってくる」と僕が言うと、父は驚いていた。

「お前、そんなお金、どうやって作ったんだ」と父は訊いた。

「江戸時代から来たと言ったろう。あの時、八百両ほど持って来たんだ。そのうちの二百二十両を換金した。金曜日の午後八時に受け取ることになっているんだ」と僕は答えた。

「いつかの小判か」と父は言った。

「そう」と僕は答えた。

「それが八百両もあったのか」と父が言った。

「そうなんだ」と答えた。

「だけど、不明なお金が大量に出ると税務署にまずいでしょう。だから、この家を売ったり、ローンを組んだりしてね」と僕は言った。

 父は「わかった」と応えた。

 

 僕はきくを連れて、三階に上がっていった。

 ききょうは熊のぬいぐるみと遊んでいた。京一郎はベビー籠の中で哺乳瓶を吸っていた。

 どういうことになっているのかを、きくに大体は話した。

「その四谷五丁目というのは、どのあたりですか」ときくは訊いた。

「どこというのは、説明しにくいな。前にいた江戸の時の感じで言うからな」と言った。

「はい」

「今いる所が、前住んでいた石原の家だとするよな」

「はい」

「今度、引っ越すのは、江戸時代の感覚だと両国だ」と僕は言った。

「そうなんですか」

「ああ」

「ではお金がかかりますね」ときくは言った。

「そうだな」と僕は応えた。

「あの千両箱のお金を使ったんですね」ときくは訊いた。

「そうだ」と応えた。

「そうですか」と言った後、立ち上がった。

「この服って言うんですか、これ似合っていますか」と訊いた。

「とても似合っている」と答えた。

「そうですか。良かった」

「どれくらい買った」と僕が訊くと、「三着です」と言った。

「じゃあ、他のも見せてくれないか」と僕は言った。

 クローゼットから服を取り出すと、「納戸で着替えてきますね」と言った。

 全部、パンツルックだった。一つは薄いグレー系で、落ち着いていた。もう一つは白だった。似合っていた。特に、きくが着ると映えた。

 きくは小柄だったが、胸が少し出ているし、腰は細かった。パンツルックだと、スタイルの良さがはっきりとした。

 それから、スウェットの上下を着て来た。

「普段はこれです」ときくは言った。

「でも、夕食の時は、ピンクのパンツルックだったぞ」と言うと、「見せたかったからです」と言った。

「そう。どうして」と僕が訊くと、「今日、裾上げができたので、お母様と取りに行ったんです」と言った。

「そうか。でも前は二時間ほどで裾上げができたろ」と言うと、「他にも直してもらっていたんです」ときくは言った。

 まぁ、きくのサイズに合わせるのだから、時間がかかったのだろうと思った。それに、今回は急ぎでもなかったし。

「前のは駄目か」と訊くと、「全然着れません」と答えた。

 そうだよな。育ち盛りに一年と少し日が経っている上に、二人目の子を出産したんだから、体格も変わっているよなと思った。しかし、スタイルは前より良くなっていた。不思議だった。