小説「僕が、剣道ですか? 7」

 買物に浅草に来ていた。頼まれた物は、まだ買ってはいなかったが、取りに行けばいいだけだった。おやつの饅頭だったのだ。

 時間があった。店々を見て歩いていた。そのうちに、染料屋に入り込んでいた。

 朱色の染料に目が奪われた。それが溶かれた水は、まるで血のように見えたからだった。その店の主人に訊いた。

「この染料は水に溶かすだけでいいの」

「ええ、そうして、染めたい布をその水にしばらく浸して、染料が染み渡ったところで、引き上げて干すだけです」と答えた。

 そして「一度、染めると次に洗ったときに、色落ちしにくいのが特徴です」と続けた。

「そう、盥一杯に溶かすには、どれくらいあればいいのかな」と訊くと、中程度のハマグリを持ってきて、「この中に入る分だけあればいいですよ」と言った。

「だったら、その分もらおう」と言った。

 店の主人は、そのハマグリに染料を入れ、蓋を閉じると、油紙に包み、さらに麻の小袋に入れて渡してくれた。僕は代金を払うと、店を出た。

 それから、夕餉の魚を買い、最後におやつの饅頭を取りに行った。代金を払って受け取ると、船着き場に向かった。

 腰には、ひょうたんを下げていた。その中には、あやめが眠っているはずだった。

 

 三月になった。

 僕は自分が考えていることを、風車に話す時期が来たと思った。

 夕餉の後、みねもいるところで「私は近く大目付の二宮権左衛門を討ちます。これは彼の命令で亡くなっていった者の弔いです」と言った。

 風車は驚いた。

「そんなことを考えていたのですか」

「それがなったあかつきには、その次の満月にこの世からいなくなります。その時には、きくとききょうと京一郎を連れて行きます」と言った。

「どこへ行くというのですか」と風車が訊いた。

「現代というところに行きます」と僕は答えた。

「現代とはどこでしょう」と風車は言った。

「それは説明しても分からないでしょうが、未来のことです。私はそこから来ました。そして、そこに帰るのです」と僕は言った。

「待ってください。わたしたちはどうなるのですか」と風車は訊いた。

「このままです。ここで筆学所を続けていくのです」と僕が言った。

「まるで、かぐや姫みたいな話ですね」と風車が言った。

「まぁ、そんなところです」と僕は応えた。

「それは決まっていることなのですか」と風車が言った。

「ええ」と僕は答えた。

「そうですか」と風車は言うと黙った。

「もう少し時間がありますから、心の準備はしておいてください」と僕は最後に言った。

 風車からは言葉は返ってこなかった。

 

 僕は寝室に行き、きくに風車に話したことを伝えた。

 そして、きくの体調が良くなったら、大目付の二宮権左衛門を討つと言った。

 彼を討った次の満月には、現代に戻ることも伝えた。

「わかりました」ときくは言った。

 

 それからの一週間は、風車の質問攻めにあった。

 僕は、そもそもこの時代に来た経緯を話した。そして、江戸に向かう途中で数多くの公儀隠密を殺してきたことも話した。その首謀者が、大目付の二宮権左衛門であることも、彼をこのままにして、現代には戻れないことも話した。

 彼を殺せば、もはやここに残る理由はなくなる。むしろ、僕の本体は現代にあるのだから、早く現代に戻るべきなのだと強調した。

 この話が、合理的ではないが故に、風車に理解できないのは、仕方なかった。だから、現象として何が起こるかを説明した。

 風車たちはこのまま、ここで暮らしていく。僕ときくとききょうと京一郎は現代というところに行く。それだけが残された事実だった。

 

「わたしは鏡殿と別れたくはありません」と風車は言った。

「それは私も同じですが、しょうがないことなんです」と話した。

 この話はキリがなかった。

 その時が来れば、分かることだった。

 そして、その時は近づいていた。