六
次の日はよく晴れていた。朝餉を食べると、おひつに残っていたご飯でおにぎりを作った。それは僕が持ってきたラップに包んでビニール袋に入れた。
ラップは五本ほど長いものを買って持ってきたのだった。前回の旅(「僕が、剣道ですか? 4」参照)の経験からだった。それに、何かに書いてあったが、怪我をしたときに、傷口を塞ぐのにも使えるらしい。ビニール袋は五十枚組の物を一つ持ってきた。これは洗えば何度でも使える。
出かける支度ができると、勘定を済ませて宿を出た。
僕らは口留番所に向かった。
口留番所の前には、列ができていた。僕らはその最後尾に並んだ。いざとなれば、時間を止めて通過するつもりだった。
しかし、その必要はなかった。役人に家老の手紙を見せ、袖に一分金を入れたら、すぐに通してくれた。それはあっけないほどだった。
僕らは口留番所を抜けて、大仙道に入った。この道を歩いて行けば、いつか江戸に着くのだ。
手押し車の台車は、僕の疲れも少しは軽減してくれた。ききょうをおぶっているきくの方が大変に見えた。
「きく、ききょうを台車に乗せたら」と僕が言うと、少しばかり上下運動を繰り返している台車を見て、「そんな危なっかしいところには乗せられません」ときっぱりと言われた。
確かにでこぼこした道を行くゴムタイヤでもない、木のタイヤの台車に乗せられたのでは、ききょうの方もたまらないだろう。なんせ、荷物が落ちないように、台車に縄を回して、荷物をくくりつけているくらいだから。
行商人が細い笛を吹きながら、向こうからやってきた。僕は「きく、僕の後ろに回れ」と叫んだ。きくが隠れるように僕の背後に回った瞬間、細い笛から針が吹き出された。それは正確に僕に向かってきた。僕はそれを手で受け止めると行商人の方に投げ返した。その仕草は虫でも追い払うかのように周りの人には見えたことだろう。しかし、僕の投げた針は凄いスピードで行商人に向かって行き、彼もそれを避けきれなかった。首のあたりに刺さったのが分かった。しばらく、行商人は歩き、僕らとすれ違ったが、その途端に倒れた。あの針には毒が仕込んであったのだろう。周りを歩いていた者が行商人のところに寄って行った。彼が死んでいることは、遠目でも分かった。
「あの者は一体何者でしょう」
「さあな。ただ、あいつだけじゃなさそうだぞ」
向こうから、旅芸人の一団がやってきた。その荷台の中にこっそりと手裏剣を構えている者がいた。その者たちとすれ違う時に手裏剣は投げられた。だが、僕はそれを空中で受け止め、投げ返した。投げた者の胸に刺さったのが僕には分かった。その者はすぐにぐったりとした。
「今度は、手裏剣でしたね」ときくが言った。
「手裏剣が見えたのか。じゃあ、その前のも見えていたのか」
「はい。細い笛から針が飛んでくるのがはっきりと」
「そうか」
きくの目は確実に速い物を捕らえるようになってきている。それだけでも凄いことだったが、それが動きに活かされれば、鬼に金棒なのだが……と僕は思った。
しかし、見えている以上、いつか覚醒するだろう。僕はそんな風に考えた。
団子屋が見えたので、そこで休むことにした。ききょうにあんこを食べさせると喜んで食べた。団子は小さくちぎっても喉に詰まらせるといけないと思って食べさせなかった。きくは「甘えさせすぎですよ」と言ったが、これは譲れなかった。
僕は甘辛のタレ付きのものを二本に、あんこを一本食べた。きくはあんこを二本食べた。しかし、あんこのかなりの部分はききょうが食べていた。
その店で朝作ったおにぎりも食べた。それで昼食代わりとした。
僕らはお茶を飲み、ききょうには白湯をもらい哺乳瓶に詰めた。そして代金を払って店を出た。