小説「僕が、剣道ですか? 3」

九-2

 夜、親父が帰ってきて「あの小判、一千二百八十万円で売れた」と言った。詳しい明細を見せてくれた。全くの未使用は二枚で一つ三百万円。未使用に近い物は二百八十万。使用されている物は二枚で一つ二百万円。合計で一千二百八十万円だそうだ。
「そっくり預金してきた」
「これでお祖母ちゃんの施設へ入るためのお金ができたね」と僕が言った。
「そうだな」
「わたしも一安心だわ。京介ありがとう」
「別にいいさ。それより、きくは随分、慣れてきたね。今日はお茶を入れて出してくれたのには、ビックリした」
「あの子はいい子ね。教えたことは、ほとんど一度で覚えるわ」
「ききょうはどう」
「よくミルクを飲むわ。哺乳瓶を与えるとすぐ吸い付いてくるの。京介の赤ん坊の時のことを思い出すわ」
「そう」

 親父もお母さんも、僕ときくが一緒に風呂に入ることには、慣れたようだった。
「いっそのこと、おきくちゃんと京介を結婚させるということもあり得るね」と親父は気楽に言う。
 するときくは「結婚って、夫婦になるっていうことですか」と訊くから、父は「そうだが」と言うと、「きくは京介様と夫婦になりたいです」と言った。
「でも、法律じゃあ、京介はまだ結婚できないしな」と父が言ったが、きくだって本当は十五歳だから結婚できないし、第一、過去の人なんだから、結婚なんてあり得ないよ、と僕は言いたくなった。
「京介様と結婚、京介様と結婚」ときくははしゃいでいる。この後、それができないことをきくに説明するのにどれだけ時間がかかるか分かって言っているの、と親父を怒鳴りたくなった。

 次の日の朝、いつもは門の所に待っている富樫が玄関にまで入って来た。
 僕が出かけるので、玄関の廊下にきくが正座して両手を突いて頭を下げ、「京介様、いってらっしゃいませ」と言った。すると、富樫がすかさず「俺にも言ってくれない」と言った。きくは「富樫様、いってらっしゃいませ」と言った。
「くぅー、たまんない」と富樫が言った。
「下の名前でも言ってくれない。俺、元太って言うんだ」と富樫は言った。
 すると、きくは「元太様、いってらっしゃいませ」と言った。
「あーあ、いい。一日、元気が出る。ありがとな、きくちゃん」
「どういたしまして」
 全く、富樫は調子のいい奴だった。
「ねぇねぇ、あの子、どこで寝てんの。リビングで寝てんの。お前んち、2LDK+納戸だったよな。納戸に寝ているの」
「そんなのどうだっていいだろ」
「良くないよ。教えろよ」
「納戸だよ」
「そうか、納戸か、って。あのガラクタだらけの納戸を整理したわけ」
「そうだよ」
「そっか、そうだよな」
「分かってくれりゃいいよ」
「今度、納戸見に行くわ」
「お前な、どこまで調子に乗っているんだよ」
「すまん、すまん。冗談だよ」
「冗談にしてはきついな」
「さあ、すっきりして今日も一日行こうぜ」
「お前、よく西日比谷高校に受かったな」と僕が言うと、「お前に、言われたくはないな」と富樫も言った。
「それもそうだな」
「だな」