小説「真理の微笑 夏美編」

十四

 九月になった。二学期になって、祐一は学校に行くのを嫌がった。大勢いる中で、一人だけなのが堪えられなかったのだ。祐一はせめて一学期だけは頑張って学校に通ったが、夏休みの間も誰も友達は来なかった。学校のプールに行く日も休んだ。

 夏美は学校に行って相談した。担任だけでなく、校長、教頭、学年主任も交えて話をした。すでにワイドショーなどで事件として話題となっているだけに、学校側としては、腫れ物に触る態度だった。祐一を無理に学校に来させても対応が難しかった。

 夏美は祐一が六年生であるだけに卒業できるかどうかが心配だった。しかし、校長がそれは大丈夫ですと答えた。

 学校に来られないのには理由があるからで、単に無断欠席扱いにはしないという事になった。ただ、欠席をしている間に、学習が進まないのは望ましくないので、毎週宿題を出す事になった。それをやってくる事で出席扱いにするという事に決まった。

 ただ、もう一つ問題があった。中学受験をどうするかという事だった。その学校というよりも県単位で業者テストが幅を利かせていて、その成績で私立の進学校が決まったりしていた。特に二学期以降の二回のテストの結果で内定を出すところもあったりした。

 そのまま公立中学校に進学する事もできるが、祐一の一学期の業者テストの結果は抜群に良くて、東京にある国立中学校か有名な私立中学校を目指せる位置にいた。私立中学校ならトップ校以外ならどこを受けても滑り止めになると言われた。業者テストの結果は、夏美は祐一から知らされていなかったので、夏美は祐一は祐一なりに頑張っているんだと思うと涙が出てきた。思えば、高瀬の事ばかり気にかけて、祐一の事は後回しになっていたと反省もした。

 だから、学校サイドも、できる事なら業者テストと学期末テストを受けてくれれば、進学については何の問題もないと言った。

 夏美は「祐一と相談してみます」と言うのがやっとだった。

 

 十月になって裁判が始まった。

 注目されている裁判だけに傍聴人は長蛇の列を作った。

 法廷には夏美が右側の最前列の席に、真理子はその逆の左側の最前列の席に座った。

 すでに検事と弁護士はそれぞれの席にいて、被告人が刑務官に連れられて入ってきて、中央の席に座った。

 その後、裁判官が入ってきた。一同、起立をして、裁判官が着席をすると、一同着席した。

 最初に人定質問がされた。この時、高瀬が「高瀬隆一です」と言うと法廷に微かにどよめきが起きた。それは人定質問されている被告人の顔が富岡修だったからだ。

 人定質問が終わると、起訴状の朗読が始まった。

 起訴状の内容は概ね、次のようなものであった。

 被告人高瀬隆一は、一九**年七月一日、午後**時に、****にある被害者富岡修氏の別荘のガレージに侵入し、同氏の車のブレーキを壊そうとしたが果たせず、仕方なく、同氏宅に侵入し、同氏を殺意を持って絞殺の上、同氏の車で****付近で顔面を大きな石で強打し、人相をわからなくした上で指紋を消すために両方の手の平に灯油をかけて焼き、同所に埋めたものである。その後、被告人は自動車事故を起こして、一命を取り留め、高瀬隆一であるとわかりながら、富岡修氏になりすまして生活していたものである。罪状は殺人罪、死体損壊・遺棄罪、および詐欺罪、罰条刑法第**条**項、刑法**条**項および刑法**条**項である。

 この後、黙秘権の告知があった後、被告人の陳述が行われた。被告人の陳述は、「記憶については最近徐々に思い出してきているところです」と述べた後、今思い出せる範囲では、殺意を持って殺そうと思ったところまでは記憶しているが、それ以後の記憶がない事、したがって、****付近で顔面を大きな石で強打し、人相をわからなくした上で指紋を消すために両方の手の平に灯油をかけて焼き、同所に埋めたという点について争う事と、また自動車事故後、被告人になりすまして生活をしていたという点についても、記憶喪失によってそうならざるを得なかった旨を述べた。

 弁護人の陳述は、情状酌量の根拠として、被告人が被害者に対して、何故、殺意を抱いたのかを説明した。また、被告人が申し立てたように、****付近で顔面を大きな石で強打し、人相をわからなくした上で指紋を消すために両方の手の平に灯油をかけて焼いたと起訴状には書かれているが、これについては争う事も述べた。そして、詐欺罪については全面的に争う事を述べた。

 裁判は次回、検察側の証拠の提示と証人申請を行って、期日を決定後終了した。次回は十二月に行われる事になった。

 

 祐一は、十月に行われた業者テストは学校に登校して受けてきた。毎週出される宿題は、夏美が全て学校に届けていた。