小説「真理の微笑 真理子編」

四十七-2

 高瀬が、病院では食べられなかったと言うので、夕食は寿司を注文した。
 二人前が一つの桶に入って届けられた。夕食は今まで一人でとっていたのが、今は二人で食べるというのが、実感できる物だった。
 大トロもウニもいくらも美味しかった。一人で食べることの味気なさを知っている真理子にとって、高瀬とつまむ寿司の味は、何よりも美味しかった。
 夕食の後に、高瀬を風呂に入れることにした。
 初めてのことだから、真理子は緊張していた。とにかく濡れてもいい服装に真理子は着替えて、脱衣所で高瀬を裸にした。
 高瀬を裸にしてみると、背丈は富岡と同じぐらいだったが、富岡に比べると随分と痩せていた。入院生活が長かったにしても、富岡との体格差はかなりあった。
 真理子にも高瀬を支えることが出来た。富岡だったら無理だったかも知れないと思った。とにかく、高瀬を風呂場に入れた。
 まず高瀬の全身をシャワーで洗った。そして、改装して低くした浴槽に高瀬の足を片足ずつ入れさせて、その躰を半分ほど湯をはった浴槽に浸からせた。
「どぉ」と真理子がしゃがんで高瀬に訊くと、「ああ、いい気持ち」と答えた。

 高瀬を風呂から上げるときには、少しく苦労した。高瀬に湯船に付けられている手すりにしっかり掴まるように言って、高瀬の躰を持ち上げ、真理子は何とか高瀬を洗い場に引き上げた。
 その後、真理子はバスタオルを敷いた脱衣所の椅子まで、高瀬を支えて運び、座らせた。高瀬が頭や上半身は自分で拭いている間に、真理子は高瀬の下半身を拭いた。そして新しく買ったトランクスを穿かせ、パジャマを着せた。
 それが済むと、高瀬を椅子から車椅子に移して、寝室まで押していった。
 ベッドの脇まで車椅子で連れてくると、真理子は高瀬に肩を貸して立ち上がると、高瀬はそのままベッドに倒れ込んだ。
 真理子は高瀬がベッドの中に入るのを見届けると、バスタオルとバスローブを持って、浴室に向かった。

 真理子は浴槽に浸かりながら、この後どうなるのだろう、と考えていた。富岡だと思っているか、あるいは富岡を演じている高瀬が、自分の躰を求めてきたらどうしよう、と思った。
 真理子は、高瀬のことを富岡だと思っているように演じているのだから、夫から躰を求められたら拒む理由がない。しかし、そう思うことで、高瀬を受け入れようとしていることに、真理子自身、自覚はなかった。

 真理子は考えている間に入浴時間は長くなっていた。
 髪をタオルで巻いて包んだ真理子は、寝室に入っていくと、「ごめんね、遅くなって」と言った。
「そんなことないよ」
 真理子は浴衣のような素材のバスローブを身につけ、寝室の鏡台に座った。
 鏡には自分の顔が映っている。わたしは誰、と鏡に問いかけてみる。
 富岡真理子
 そう、その富岡真理子が初めての躰を合わせる男とベッドをこれから共にする。
 真理子は気合いを入れるかのように顔に化粧水を付けて、ベッドに向かった。
 そして、高瀬の隣に躰を横たえた。午後九時を少し過ぎた頃だった。
 これからが始まりよ、と思って、真理子は寝室の灯りを消した。
 高瀬の手が伸びてくるのを真理子は感じた。そして、その手は腕に触れた。高瀬はその手を腕に沿うように下ろしていき、真理子の手を握った。真理子も高瀬の手を握りしめた。その途端に、高瀬に強く引っ張られた。
 真理子は高瀬の躰の近くに躰をずらした。高瀬は強く握っていた手を離した。そして、真理子が着ていたバスローブの前をはだけさせた。真理子は下着を着けていなかったから、裸同然の状態になった。
 高瀬はより強く、真理子を引き寄せてその腰に手を回し、真理子を抱き締めた。
 真理子は、富岡ではなく、高瀬隆一に抱きすくめられているのだ。そう思うと不思議だった。こうして、強く抱き締められるのも久しぶりだったし、高瀬に抱き締められるのは初めてだった。しかし、凄く自然な感じがしていた。
 高瀬はパジャマの上を脱ぎ、トランクスと一緒にパジャマのズボンも脱ぎ捨てた。
 高瀬は裸になった自分の胸を真理子の裸の胸に合わせた。真理子と高瀬の目が合った。その次の瞬間、高瀬は唇を重ねてきた。真理子もそれに応じた。
 高瀬の手が真理子の胸を這う。そして、揉み上げていく。
 真理子は小さく声を上げた。
 長い愛撫の果てに、高瀬は真理子の中に入ってきた。初めての男を受け入れるように、真理子は受け入れた。富岡ではなく、高瀬としているのだ。奇妙な感覚が真理子を覆っていた。
 真理子は狂おしいほど感じていた。そして、真理子が声を上げた時、高瀬が射精したのがわかった。
 真理子は、高瀬の胸に顔を落として「良かったわ」と囁いた。高瀬が頷くのが胸の動きでわかった。
「まだ硬いわね」
 射精した後でも、高瀬のそれはまだ立ったままだった。そんな高瀬に、自然と真理子の腰が動いていた。
 高瀬は真理子の背中の真ん中を中指でなぞるようにしていた。それは腰までゆっくりと下りていった。真理子はその刺激にのけぞった。
 そして、どれほどの時間が経ったのだろうか。真理子が「いく」と言った時、高瀬も射精したのだろう。
 真理子は高瀬の横に転がった。
 高瀬は左手で真理子の敏感な部分を触っていた。
「また」と真理子が言うと、高瀬は「真理子となら、何度でもしたい」と言った。
 真理子は薄く笑い、「いいわ、好きなだけしてあげる」と囁くように言った。