小説「僕が、剣道ですか? 7」

十四
 カラオケは午前十一時から始まった。
「メールしたのに返事は来ないし、携帯にも出ない。昨日は何してたの」と沙由理は言った。
「大事な用事があったんだ」と答えた。
 黒金金融に行く時に、携帯の電源を切っておいたのを、今日起きるまで気付かなかった。昨日、あやめが囁いた時、思い出すべきだったが、あやめがそうはさせてくれなかった。朝、起きて、携帯の電源を入れると、沙由理から何本もの電話がかかっていた。
 そして、今日、午前十一時にいつものカラオケ店で歌うことになった。
 沙由理は一曲、歌った後、とびきり激しいキスをしてきた。
 その三十分後には、ラブホテルにいた。
 出て来た時には、午後五時を回っていた。
 沙由理が「新記録よ」とはしゃいでいた。
「そうか」と僕は言った。ラブホテルに滞在した時間には、興味がなかった。

 出て来て歩いていると、絡んでくる四人衆がいた。
 二十歳前後だった。
「こんな時間にいいご身分やなぁ」と一人が言った。
「それにこっちの女はいかすし」ともう一人が言った。
「あんたらには関係がないだろう」と僕は言った。
「さっきまでは関係がなかったけれど、できてしまったな」と別の一人が言った。
「そうか、痛い目に遭いたいのか」と僕は言った。
 革ジャンは着ていなかったが、ジーパンのポケットにナックルダスターは持っていたんだよね。このあたりは物騒だから、護身用にというか、自分の拳を痛めないように持っていた。
「生意気な口をきくな」と一人が言った。
 その時、僕は沙由理に「目を閉じていて」と言った。
「はい」と言う声が聞こえた時に、時を止めていた。
 一人一人のボディに拳を打ち込むと、その勢いで、四人の右腕を力任せに打った。折れはしなかったが、ひびぐらいは入っただろう。四人をやるのに三十秒とかからなかった。
 時間を動かした。
 相手が殴りかかろうとした時、ボディと腕がやられていることに気付いた。僕は安全靴で蹴りを入れた。それで四人が倒れた。
「大したことないな」と僕は言った。
「お前、何をしたんだ」と一人がかろうじて言った。
「お前たちには、見えない速さで、ボディブローと腕へのパンチを食らわしたんだよ」
「そんなの信じられるか」と一人が言った。
「腹は痛くないのか。腕はどうだ。もう一発、喰らわしてやろうか」と言った。
「いや、いい」と言った後、「もう、いいです」と言った。
「相手を見てから絡むんだな」と僕は言った。
「誰なんだよ、お前」と一人が言った。
「知らないで突っかかって来たのか」と僕は言った。
「だから」と言おうとした時、沙由理が「鏡京介って知らないの」と言った。
「鏡京介って、あの鏡京介か」と一人が呟くように言った。
「誰なんだよ、そいつは」と別の一人が言った。
「黒金高校の番長を吊るし上げた奴だよ。それで黒金高校の悪ガキは潰された」と言った。
「そうよ」と沙由理が言った。
「もっと凄いのよ」とも言ったが、自分に関わることなのでそこで止めた。
「行こうか」と僕が言うと「ええ」と沙由理は、奴らに見せつけるように腕を組んできた。

 日曜日の午前中に、以前通っていた町道場に行った。簡易ゴルフバッグと昔の道着を入れたバッグを持っていた。
 師範が出て来た。
「まだやっているのか」
「ええ」
「今日はどうしたんだ」と師範に訊かれた。
「先生に稽古をつけてもらいに来ました」と答えた。
「そうか。じゃあ、支度しろ」と言った。
 道着を着た。サイズは少し合わなくなっていたが、構わなかった。
 面や胴などの防具を借りて付け、竹刀も借りた。
「あのバッグの中の物は竹刀じゃないのか」と訊かれたが、「いいえ」と答えた。
 竹刀をとる時、定国に触れて、その力を竹刀に移した。
 師範と竹刀を交えるのは、二年ぶりだった。中学まではここに通っていたのだ。
 礼をして三歩進み、竹刀を交わしつつ蹲踞した。師範自らが「始め」と合図をした。
 その瞬間に、僕は師範の小手を打っていた。
 その後も続けた。
 終わった後、僕は師範に言われた。
「お前、変わったな」
「どこがですか」
「強くなった。わたしでは勝てない。それに小野派流でもなくなったな」と言った。
 僕は何も言えなかった。その代わりに「今日はありがとうございました」と言った。
そして、「今度、夏季剣道大会兼関東大会に出ることになりました」と続けた。
「そうか。頑張れよ」と師範は言った。
 僕は頭を下げて、道場を後にした。
 帰りながら、思った。師範の腕が鈍ったのではなかった。僕が強くなっていたのだ。定国の力を借りなければ勝てないと思っていたが、違っていた。
 あれは、定国の力ではなかった。僕の剣捌きが早かったのだ。間合いに入った時には、小手が決まっていた。
 実戦を積んできた成果だったかも知れない。ただ、町道場の剣術とは異なってしまっていた。それを痛感した。

 家に帰ると、不動産屋の話で父と母は盛り上がっていた。
 不動産屋の車で場所を見に行ったそうだ。
「いい所よね」と母は父に言っていた。
「そう、一等地だ」と父も言った。
 そして、不動産屋が置いていった図面を見せた。
「三階建てじゃないの」と僕が言うと「五階建てにするわ」と母が言った。
「木造で五階建てなんかできるの」と僕が訊くと、母は「木造じゃないわよ。何とか工法とか言っていたけれど忘れたわ」と答えた。
「地下には駐車場も作るぞ」と父は言った。
「大丈夫なのか」と僕は心配になってきた。
「アパート併設だから、その収入も見込めるし、ローンも組めそうだ」と父が言った。
「それにこの家、思っていたより、高く売れそうなの」と母が言った。
金利が低い今が絶好の機会なんだって」と母が続けた。
「分かった。家のことは任せる。だけれど、将来的には二世帯住宅になることは考慮してよ」と言った。
「その点は大丈夫だ。四階と五階が自宅になるんだが、それぞれ玄関が付いている」と父は言った。
「アパート部分は、どれくらいの広さなの」と訊くと、「一DKだって言ってたわね。広さは三十平米ぐらいだって言ってたかな」と母が答えた。
「そう。そんなに広くはないんだ」と言うと「しょうがないじゃない。土地が狭いんだから」と母が言った。
「四階と五階が自宅になるって言ってたけれど、エレベーター付いているの」と訊いた。
「当然じゃないか」と父が答えた。
「そうか。ということは、一階から三階がアパートになるんだ」と訊くと、「そうね。一つの階に二つずつだから、六部屋アパートができるわ。一部屋、八万円とすると毎月四十八万円入ってくるわね」と母が応えた。
「管理会社も向こうが手配するって。三十年間は家賃は保証してくれるそうよ」と母が言った。
「それはあまり期待しない方がいいと思うな。きっといろんな条件が付いているはずだよ」と僕は忠告した。そして、僕は三階に上がっていった。