小説「僕が、剣道ですか? 3」

三十二
 家に帰ると、自分の部屋に上がっていった。きくがベッドに座って、哺乳瓶からミルクを飲ませていた。
 僕を見ると、「沙由理さんとデートですか」と訊いた。
「そうだよ」
「楽しそうでいいですね」と言った。
「これも必要だからやっているんだ」
「でも、いい思いをしたんでしょう」
「そうでもないさ」
「いつもそうやって、わたしを誤魔化していますよね」
「なんできくを誤魔化さなければならないんだ」
「怪しいことをしているからです」
「参ったな。きくと話していると疲れる。少し、黙っていて欲しい」
「わかりました。きくは京介様には嫌われたくありませんから」
「きくを嫌ったりはしないよ」
 きくは何も言い返さなかった。
 きくを見た。辛そうな顔をして、ききょうにミルクを飲ませていた。
 僕は机に座って、パソコンを起動した。黒金金属工業のあった場所を検索するためだった。
 黒金町の地図を呼び出した。拡大して、黒金金属工業を探した。旧黒金金属工業と書かれた場所を見つけた。確かに黒金町の西の端にあった。マップを拡大した。大体の様子は分かった。周りには住宅はなく、工場か商店だけだった。ビューマップを見ると、それもほとんど閉ざされたままだった。
 旧黒金金属工業で何か騒ぎがあっても、気付く人はいないというわけだ。決着をつけるのには、もってこいの場所だった。
 地図を印刷して、明日、早速偵察に行こうと思った。中の様子をまるで知らないで戦うのは愚か者のすることだった。そこまで僕は馬鹿ではなかった。
 ただ、相手も僕が偵察に来ることを予想しているかも知れない。それなりの準備は必要だった。
 そこまで、やっているうちに思いついて、浅草を検索した。
 浅草の写真がいっぱい出てきた。
 ききょうにミルクを飲ませ終わったきくを呼んだ。机の脇に立たせると、ディスプレイをきくに見やすいように回した。
「これが浅草だ」と言って、雷門や仲見世通りなどの写真を沢山見せた。その中に遊園地の花やしきのジェトコースターの写真が出てきたので、「わたし、これに乗ってみたい」と言った。花やしきまでは思いついていなかったので、きくにそう言われると、ジェットコースターにも乗せてやりたいなと思うようになった。
「いいよ、花やしきにも行って、ジェットコースターに乗ろう」と言った。

 次の日は、旧黒金金属工業を偵察に行くことにした。
 武器も、少し隠しておこうと思った。
 最初に百円ショップに寄って、千枚通しと、肉を幾つも突き刺して鉄板でグリルする時に使う、金属製の長い櫛が五本入ったものを四つと焼き鳥に使う竹串が入ったものを一つ、それに布製のガムテープを三本買った。
 旧黒金金属工業の見取り図は印刷したものをポケットに入れていた。それとボールペンに黄色と赤のマーカーも持ってきた。
 旧黒金金属工業に近付いていく時につけられていないかは注意した。
 旧黒金金属工業に入っても、双眼鏡で近くの高い建物を見回して、見張りがいないかどうか確認した。
 旧黒金金属工業は古い五階建てのビルの隣に工場があった。門の所から、五階建てのビルまでは二十メートルほどあっただろうか。門からビルと工場の間に空き地があって、工場が活動していた時は、この空き地にトラックが何台も止まっていたんだろうなと、感じさせた。旧黒金金属工業の周りは高いコンクリートの塀で囲まれていた。
 取りあえず携帯に写真であたりの様子を撮った。門からビルまで走った。二十メートルほどしかないから、大して時間はかからなかった。ビルには、外側に屋上につながる鉄の赤さびのひどい階段があった。階段を見た限りでは、最近ここを使って、屋上に上がった人がいるとは思えなかった。
 階段の上り口はチェーンが張られて、一応入れないようになっていたが、そこは跨ぐだけで階段の下に来た。階段を上っていった。普通に上ると結構音がする。僕は音がしないように上っていった。屋上には三メートルほどの金網が張られていて、階段から屋上に入るところには、一メートル五十センチほどの柵があった。右手をついて飛び越せば、その柵は難なく乗り越えられた。屋上からは敷地内は隈無く見渡せた。その写真も撮った。
 屋上にはビル内から上がってくる際の階段部屋がついていた。そこのドアのノブを掴んで回したが、開かなかった。階段部屋は屋上の左隅にあり、その後ろは、人がやっと一人通れるかどうかだった。屋上に物を隠せる場所がないか探したが、見つからなかった。階段部屋の上に手をかけて、上によじ登った。隅に雨水を下に流す樋を見つけた。樋には金網が張られていた。枠は四角い鉄だった。それを引っ張り上げた。すぐに外れた。
そこにショルダーバックから催涙スプレー一缶を取り出して、布のガムテープを巻いて、金網に巻き付けるように貼った。多少のことがあっても剥がれないように厳重に巻き付けた。そして、金網を元に戻した。ガムテープが目立たないように周りの砂を集めて、ガムテープにかけた。すると、目立たなくなった。
 屋上の柵を乗り越えて、外階段を下りた。ビルの周りを回って、雨樋のパイプの後ろに、金属製の長い櫛を一本取り出してガムテープで貼り付けた。パイプの後ろだから、目立つことはなかった。
 武器を隠した所は、携帯で写真を撮るとともに地図にマーカーで印を付けた。催涙スプレーは赤、金属製の長い櫛は黄色というように。
 ビルの周りを回ったら、次に中に入ろうとしたが、当然だが、ビルの入口は鍵が掛かっていた。もう一度、ビルを見渡すと、三階の外階段近くの窓硝子が割れているのが分かった。
 もう一度、外階段に入り、三階まで上がった。階段の外に躰を乗り出して、窓枠を掴んだ。そして、躰を離して、窓の中に手を入れた。鍵を外して、窓を開けた。そして、中に入った。元は事務室だったのだろう。埃を被った机やひしゃげたロッカーが残されていた。
 その机の一つの引出しを開けて、そこに催涙スプレー一缶と金属櫛一本、そして、竹串を何本か入れた。入れた場所を忘れないように写真を撮るとともに地図にマークを入れた。
 他の机の引出しも開けて、武器として使えそうなものがあったところは、写真を撮った。
 その部屋を出て他の部屋にも行った。別の部屋にも、一つの机の引出しに催涙スプレー一缶と金属櫛一本、そして、竹串を何本か入れ、写真を撮り、地図にマークした。
 武器になりそうな物もマークした。
 あと二つの部屋にも行った。その二つの部屋では武器になりそうな物を探すだけにした。
 三階が終わると四階に行った。やはり作業室ばかりだった。
 四階にある部屋の二箇所の部屋の机の引出しに、催涙スプレー一缶と金属櫛一本をそれぞれ入れておいた。もちろん、写真も撮った。
 五階に上がった。
 五階には、社長室だったと思われる部屋とそれに続く部屋に、応接室があった。社長室の机の一つに催涙スプレー一缶と金属櫛1本、竹串を何本か入れ、写真に撮った。
 社長室に続く部屋は秘書がいたと思われる机があった。そこの一つの引出しにも、催涙スプレー一缶と金属櫛一本、竹串を何本か入れ、写真に撮った。
 五階の上に向かう階段は、屋上に出るための物だった。一応、その階段を上って屋上に出られるか、ノブを回した。すると、中からはドアが開いた。ドアノブに押しボタン式のロック錠が付いていたのだ。一応、ドアを閉めると、ドアノブのボタンを押してドアをロックした。
 次は二階に行った。
 二階も作業室みたいになっていた。そこにも二箇所に催涙スプレー一缶と金属櫛一本、竹串を何本か入れ、写真に撮った。そこで、竹串はなくなった。
 一階は受付のような作業室があり、後はトラックが二台か三台入れそうな車庫になっていた。作業室の一番下の引出しに催涙スプレー一缶と金属櫛1本を入れ、写真に撮った。
 車庫の隅に催涙スプレー一缶と金属櫛一本を隠して、それも写真に撮った。
 車庫にはシャッターが降りていて、鍵が閉まっていた。
 三階まで上がっていって、窓から外階段に出た。窓は入ってきた時のように閉めた。
 催涙スプレーは後二缶残っているだけだった。金属櫛は五本入りのが二パック残っていた。
 工場に入っていった。作業室のようなところがあったが、鍵がかかっていた。
 工場は高い天井になっていて、いろいろな機械が置かれていた。どれも動かせば武器になりそうだった。
 鉄の棒と鉄パイプが落ちていたので、拾って隠し場所を考えた。
 鉄パイプはある機械の下に少し隙間があったので、そこに隠した。そこの写真も撮った。
 鉄の棒は、工場の右側の柱の裏に隠した。もちろん写真を撮った。
 残り二缶の催涙スプレーは工場の奥の二隅に隠し、そこに金属櫛も五本入りのパックごと隠し、写真に撮った。
 これで用意してきた武器は全部隠し終えた。
 僕は工場から走り出ると、警棒以外空になったショルダーバッグを提げて、旧黒金金属工業を後にした。もちろん、つけられている奴や見られている者がいないかは確認した。

 家に戻ったのは、午後三時だった。
 午前十時に家を出たのだから、百円ショップに寄ったとしても、結構、長く下見をしていたんだな、と思った。
 自分の部屋に入ると、ききょうを見たが、いなかった。ショルダーバッグを置き、オーバーコートと革ジャンを脱ぐと、リビングに行った。
 きくは母と一緒にいた。
「今日の夕食は雑煮です」と母に言われた。
 雑煮は一月二日の昼に食べるのが、家の習慣だったが、二日の昼は沙由理とハンバーガーを食べてしまったし、夜は、おせち料理の残りを食べて眠った。そして、今日の朝は起きるのが遅く、昼は出かけたままだったので、雑煮を食べるのは三が日では今夜ぐらいしかなかったのだ。
 雑煮の下ごしらえをしていた。きくは雑煮の作り方も母から習うようだった。
 ききょうはソファに眠っていた。落ちても大丈夫なように下にクッションが置かれていた。
 僕は自分の部屋に戻ると、パソコンを起動して、携帯とつなげて、今日撮ってきた写真をパソコンに取り込んだ。今日のような写真はクラウドストレージにアップロードするほどのものじゃなかったからしなかった。クラウドストレージにも容量があり、一定の容量を超えると課金されるので、無駄な写真やデータはアップロードはしないのだ。
 撮ってきた写真を元に旧黒金金属工業の見取り図を書き直して、ビルの方は各階ごとにどこに何を隠してきたかが分かるようにした。
 写真から見取り図を作るのに結構時間がかかった。
 気が付けば、午後七時を過ぎていた。
「お雑煮ができたわよー」と呼ぶ母の声が階下からしてきた。