小説「僕が、剣道ですか? 2」

三十七ー1

 朝食後、藩主に朝のお目通りをした。

「昨日はゆっくりと眠れたかな」

 滝川は僕に向かって言った。

「はい、ゆっくりと休ませてもらいました」

「そうか、それは何より。体調は万全かな」

「ええ、調子はいいです」

「それは良かった。時間まで、ゆるりとしていられよ」

「ははー」

 

 僕らは控えの間に通された。

 立ち合いの衣装が用意された。

 僕は着物を着、袴を穿いて、着物にたすき掛けをした。

 また鉢巻きが用意されたので、それを額に巻いた。

 やがて、時間が来た。

 太鼓が打ち鳴らされた。

 中庭に案内された。

 昨日と同様に、右側の席に、藩主滝川の姿があった。

 前方に氷室隆太郎がいた。

 中央に二人の若侍が木刀を掲げるように持っていた。本差だけでなく、脇差にあたる木刀も用意されていた。

「珍しゅうござるな」と僕が言うと、「拙者の得意とするのは二天一流でね」と氷室隆太郎は言った。二天一流とは、宮本武蔵の得意とする流儀であった。

 僕と氷室は歩み寄って、その木刀を手にした。僕が手にした木刀は少し軽い気がしたが、そのまま僕は脇差を腰に差した。

 そして、少し離れた。

 審判役の侍が、「始めぃ」と声を上げた。

 氷室は今まで出会ってきたどの侍とも違っていた。躰が冷えているとでもいうような感じを僕に与えた。

 なかなか、前に出られなかった。右に本差を持ち、左に脇差を持つ形は、なかなかに威圧感があった。

 じりじりと右回りに移動していた。

 そのうちに、氷室隆太郎と太陽が重なった。

 その時、氷室は打って出てきた。右の木刀が素早く繰り出されると同時に、左の脇差も突き上げてきた。僕は、両方の木刀をほんの一瞬で叩いた。

 が、次の瞬間、右の本差がまたも向かってきた。

 左右交互に打ち叩く行為が続いた。

 なかなかに踏み込めなかった。

 相手も同じだった。

 剣の素早さは同じぐらいだった。あるいは僕の方が速かったかも知れないが、両手に木刀を持っている分だけ、速さをカバーしていた。それに氷室隆太郎の凄さは、両方の腕とも両手で剣を持っているくらいに、力が強いことだった。片手で剣を持っていれば、両手で剣を持つよりも力は半減する。それが氷室隆太郎にはなかったのだ。

 僕は精神を統一して、正眼の構えから木刀を突き出した。

 木刀はスローモーションのように相手に向かっていく。相手は、スローに右手の本差を向けてきた。こちらの木刀の方が一歩速く、相手の胴に達していた、と思った。だが、その瞬間、相手の脇差が胴を守っていた。

 僕は離れた。

「見えているのか」と僕は訊いた。

「見えているとも」と氷室は答えた。

 容易ならざる相手だった。

 動きたくとも動けなかった。

 それは相手も同じだった。

 再び、踏み込んだ。僕の繰り出す木刀を相手は弾き返していった。

 そして、離れた。

 その時、相手の弱点が分かった。脇差の方だった。脇差は短い。リーチ差が活かせる。そして、その長さの違いが木刀の力も弱めていた。

 僕は本差を狙うつもりで向かっていき、氷室の脇差に渾身の力を込めて、打ち下ろした。その瞬間に氷室の脇差が手から離れた。と同時に僕の木刀が折れた。この力加減で木刀が折れるとは変だった。最初に感じた木刀の軽さが原因しているのかも知れなかった。

 氷室は、僕の木刀が折れたのを見ると、すかさず本差の木刀を打ち下ろしてきた。木刀を失った僕は、当然木刀では避けられなかった。仕方なく、真剣白刃取りの木刀版をやった。

 相手から木刀をもぎ取り、横に放り投げた。

「そこまで」と言う審判の声がかかった。

 

 中島と近藤が走り寄ってきた。

「良かったなぁ、無事で」と中島が言った。

「ほんとに肝を冷やしましたよ」と近藤が言った。

 僕は汗を手ぬぐいで拭った。

 その時だった。

「鏡殿、氷室殿、こちらにおいでください」と審判が言った。

 僕と氷室は審判のところに行った。

「お殿様が二人の決着を見たい、と仰せられている」と言った。

「もう一度、立ち合って貰えぬだろうか」

「私に異存はござらぬ。殿の申し出とあらば、受けなければしょうがないでしょう」

 氷室隆太郎はそう言った。

「氷室殿がそう言うのなら、受けねばならないでしょう」と僕も言った。

「ただし、やるからには真剣でお願い申す」

 僕は木刀が折れたことが気にかかっていた。あの程度で折れるとは、思ってもいなかったからだ。

「し、真剣ですと」と審判の侍が慌てた。

 審判の侍は、藩主のところに走って行った。そして、すぐに戻ってきた。

「許すそうです。ただし、何があっても文句を言わぬように、とのことです」と言った。

 そのことを審判の侍は、番頭の中島や近藤にも伝えた。

 中島や近藤は、僕のところに走り寄って来て、「お前、本気か」と中島が言った。

「あーあ、言わないこっちゃない」と近藤は嘆いて見せた。