小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十七

 逃げ出していった男たちの報告で、事態は容易でないことが、山賊たちにもようやく分かったようだ。

 僕はいったん林に逃げ込んだ。

 竹水筒を取り出して、水を飲んだ。お腹も空いていた。

 オーバーを隠してある所まで戻って、干し柿と干し葡萄を食べた。

 村では山賊が飛田衆を探しているようだった。

 刀が光り出した時、刀が重くなった気がした。そして、棍棒を切り裂いた時、初めて疲労感に襲われた。

 相手が強くなればなるほどこんな気分になるのだろうか。

 だが、まだ相手は四十人以上いる。

 戦いはこれからだった。

 だが、いったん躰を休めると躰が重くなる。強い眠気も襲ってきた。

 僕は休めそうな場所を探した。

 しかし、見当たらなかった。

 いったん、飛田村からは出た。

 そして、岩場の陰に身を潜めて、少し眠った。

 

 鳥の鳴き声で目が覚めた。何者かが近寄ってきていたから、鳥が騒いだのだろう。僕はそれほど眠っていたわけではなかった。でも、眠気はなくなっていた。

 辺りを見廻した。右方向に人影が見えた。ゆっくりと起き上がり、足音をさせないように、木々に隠れながら近付いていった。

 鎖鎌を持っていた。周りに人がいないか、確かめた。少し下の方に獣の皮で作った半纏を来た男がいた。その男の側にも少し若い男がいた。

 鎖鎌の男に近付いた。足音をさせないように気をつけていたが、枯れ枝を踏んでしまった。その僅かな音に鎖鎌の男は気付いた。

「こっちにいたぞー」と叫ぶと同時に分銅の付いた鎖を投げてきた。それは木に絡まった。その隙に鎖鎌の男との距離を詰めた。鎌の方で斬りつけて来た。鎖が木から外れて戻ってきた。それを短く頭上で回している。

 下にいた獣の皮で作った半纏を来た男が、鎖鎌の男の側に来た。その脇に若い男もいた。

「あそこだ」と鎖鎌の男が言った。

「挟み撃ちにしよう」と半纏の男が言った。

「おう」と鎖鎌の男は答えた。

 若い男は「こっちだー」と叫んでいた。

 挟まれた。

 相手は徐々に距離を詰めてきた。

 鎖鎌の男が鎖を投げた。その分銅を掴んで、木に巻き付けた。鎖に沿って刀を滑らせていき、飛び上がった。鎖鎌を持っていた男は鎌を向けてきた。その腕を斬り落とした。

 その時、後ろから半纏の男が斬りかかってきた。刀でかわして、正眼の構えを取った。山賊相手にこの構えで負けるわけがなかった。次の瞬間、突きで腹を抉った。

 若い男の声を聞いて、山賊たちが集まってきた。

 僕は上の方に逃げた。

 岩陰から彼らの様子を見た。

 傷を負わされた仲間たちを見ていた。

 腕を斬られた鎖鎌の男は、肩の辺りを強く縛られていた。腹を抉られた男は腹を押さえながら、仲間に支えられて、下に降りていった。

 他の山賊は僕を捜していた。

 四人いた。

 石を遠くに投げた。その石の落ちた方を四人は見た。そして、そっちに向かおうとした。その隙に僕は躍り出た。一番手元の奴の背中を斬りつけ、そして、足の筋を斬った。それから、反転して向かって来た奴の刀を持った腕を斬り落とした。

 走り様、躰を低くして、三人目の左の足を深く刺した。四人目は右肩から、胸にかけて斬った。

 仲間を呼んでいた若い男は、喉を斬った。そして、右足を刺した。

 下から、またぞろぞろと山賊が上がってきた。

「気をつけろ」

「飛田衆がまだまだいるぞー」

「こっちにもやられているのがいるぞ」

「なにー」

「四人、やられている」

「いったん、戻るぞー」

「おう」

 彼らはそう言ったが、戻す気はなかった。

 最後尾の一人を後ろから刺すと、さすがに残りも向かってきた。

 振り下ろす刀を木で受け止めると、その腹を切った。

 次の男は右胸の上あたりを突き刺した。もう一人は、木の枝で右目を突いた。そして、左足を斬った。

 三人になった。

 僕は目で別の方を見た。誰かに合図を送っているフェイントをかけた。そちらに気を取られている間に、正面の男の脇腹を切り、左の男は脇から上に向けて刀を刺した。

 右の男は震えていた。構えた刀が揺れていた。構わず腹を刺した。

 これで十四人斬った。

 

 いったん、子どもたちの隠れている洞窟まで戻った。

 佐野助もいた。

「食べ物があるか」と訊くと、干し芋を出してきた。それに齧り付いた。

「どうですか。何人やったんですか」

「三十人ほど斬った」

「すげー」

「弱い奴らだけだ。本隊はまだ三十人近くいる」

 水も飲んだ。

「もうすぐ、暮れますぜ」

「奴らを寝かせる気はない」

 

 山間の村はすっかり暗くなっていた。

 かがり火が焚かれていた。

 いくつかの家にあかりが見えた。

 あばら屋に鍋を見つけたので、村の端の木から吊り下げて、太い枝で打ち鳴らした。

 山賊たちが出てきた。こっちはすぐに近くの茂みに隠れた。そして「お前たちに、明かす夜はないぞ」と叫んだ。

「こしゃくな」と音のする方に走り出そうとした者を「待て」と止めた者がいた。

「相手はこちらを誘い出そうとしているのだ。その手には乗らん」

 山賊は散った。

 僕は散っていく方向を見ていた。

 特に家の中に入っていく者を確認した。

 あかりのついている家の壁に身を寄せた。そして、中の様子を伺った。

 女が見えた。男の肌も見えた。男は一人じゃなかった。三人いた。三人の男が一人の女を嬲り者にしていた。

 僕は刀を抜くと、戸を蹴破り、三人の腹を裂いた。

 その音に気付いて、次々と戸が開いた。その時は、僕は家から抜け出していた。

 しかし、家の近くにいた。

 中を見た山賊が「飛田衆は俺たちを嬲り殺す気だ」と言った。

「そうだな。わざと致命傷を与えて、すぐには殺さない」

「おーい。今夜、襲ってくるぞ」

 

 僕は次の家の壁に貼り付いていた。中の様子を見た。女が見えた。布団を被っていた。三人がいた。

 周りを見た。戸を蹴破り、三人を斬って逃げ出せるか考えた。隣の家も見た。やはり女がいて、此所にも三人いた。

 その隣の家も見た。やはり、三人だった。

 三人一組になっていた。

 中に女がいなければ、家に火をつけて、あぶり出せばいいのだが、それができない。

 やるしかなかった。端の家の戸を蹴破り、素早く三人の腹を刺した。だが、戸口に出ようとした時には、六人に囲まれていた。六人は、家に火をつけた。僕は中に入り、家の壁を蹴破り、女を連れ出した。

 しかし、そっちにも人がいた。

「もう逃げられないぞ」

 そう言った奴は、言い終わらぬうちに、自分の腹を裂かれていた。

 その左右にいた者もどこかしら斬った。

 女の手を引いていては、戦えなかった。手を離した。

 その瞬間に女が斬られた。