小説「真理の微笑 真理子編」

十四

 金曜日に病院に行くと、整形外科医から説明があると言うので、ナースステーションから少し離れた会議室のような所に案内された。

 中で待っていると、数人の医師たちが順番に入ってきて、真理子の前の席に座った。それから、何種類かの書類が真理子に手渡された。

 上席に座った医師が「私は整形外科の上森といいます。主に上肢、つまり手ですね、その外科を担当しています。隣に座っているのは、松本で、肩関節を専門としています。その隣は、股関節を専門としている木村です。その隣は膝関節外科の先﨑、最後は足を専門としている盛岡です。そして麻酔科の中森です。我々がチームを組んで、富岡さんの躰全体の骨折部分を担当させて頂きます」と言った。

 上森医師が「まず、手術日と手術時間ですが、来週の水曜日、午前十時から始めます。手術時間は、およそですが、七時間から八時間になると想定しています。従って手術が終わるのは、午後五時から六時頃になると思います」と言った。

「わかりました」

「手術当日の付き添いのお方は、奥様でよろしいでしょうか」

「はい、わたしが付き添います」

「よろしくお願いします。では、私が担当するところからご説明をさせて頂きます」

 上森医師は、自分が担当する部分の手術について、真理子に手渡した書類を見るように促してから、そこに書かれている内容を説明した。次に、松本医師、続いて木村医師、先﨑医師、盛岡医師と順番に、真理子に対して、書類に書かれている内容の説明がなされた。

 簡単に言えば、これらの医師は、富岡に対して、一度に各部の手術を行おうと言っているのだった。それは、富岡の容態が全身麻酔に対して堪えられるまでに回復してきていること、手術を複数回に分けて、それぞれ全身麻酔をかけて手術をするよりも、一度に行った方が患者の躰の負担が少ないことが主な理由だった。

「わかりました。それで手術をすれば、どの程度までに主人は治るものなのでしょうか」

 真理子からのこの質問に対しても、各医師からの説明がされた。

 まず手に関しては、神経が上手くつながれば、今までとあまり変わりなく動かせるようになるだろうという説明がされた。また、手の皮膚については、皮膚移植を行うことで、目立たなくすることができると言った。

 腕については、肩と肘の関節部が安定すれば、リハビリを行うことでこれまで通り動かせるようになると言ったが、完全に元の状態に戻るかはわからないと答えた。

 先﨑医師は、股関節は骨折しているので、それを接着させ、下肢部は両方の大腿骨が骨折しているのでこれを接着させ、膝関節と膝蓋骨は粉砕骨折をしているので、膝関節と膝蓋骨を人工的に作り、大腿骨と脛骨、腓骨をつなぎ、人工的に作った足につなぐという方法をとると説明した。

「それで主人は歩けるようになるのでしょうか」

 そういう真理子の質問に対しては、下肢部を担当している各医師からの説明を総合すれば、松葉杖で立って少し動ける状態になるのが精一杯で、基本的には移動には車椅子を使うことが主になるということだった。

「そうですか」

 真理子はがっかりした表情を浮かべた。

 医師の一人が「ご主人は、車椅子生活をすることになりますが、それ以外ではこれまで通りの生活が送れます。ここに搬送されてきた時には、一時は寝たきり状態になることも想定されたのですから、それから考えれば、手術が上手く成功したらの話ですが、随分と回復されることになると思います」と言った。

「手術の成功率はどれくらいなんでしょうか」

 上森医師が、各医師の顔を見廻してから、「はっきりとは断言できません。こればかりは手術をしてみなければわからないとしか言いようがありません。私どもが、今まで説明してきたことは、もっとも手術がうまくいった場合のことです。場合によっては手が上手く動かないとか、そういったことも起きるかも知れません。こればかりは手術をしてみて、その結果次第というのが本音です」と言った。それに続いて、松本医師が「今回のように躰全体を一度に手術するというのは、当病院でも初めてのケースなのです。もちろん、躰全部を各医師が一斉に手術をするのではなく、順番に従って手術を行っていくことになりますが、途中で何が起こるのかは予測できません。不測の事態も想定しておかなければなりません。しかし、我々はできると判断したから、この術式で手術を行うことにしたのです。どうか、我々を信頼してください」と言った。

「わかりました」

 麻酔科の中森医師が「全身麻酔はリスクがないものではありません。今回の手術は全身麻酔による長時間にわたる手術になりますので、リスクもかなり伴うとお考えください。我々は最善を尽くしますが、リスクを全て回避できるという保証はないことをご理解ください」と言った。

 上森医師が「今回の手術に関しても同意書を書いて頂きます。同意書は各手術に対して、それぞれお書き頂くことになるので、何枚も書いて頂くことになりますが、よろしいですね」と言った。

「結構です」

「ご質問があったら、うかがいます」

「いえ、特にはありません。ただ、わたしには難しすぎて、いっぺんに理解できたとは言えません。とにかく、先生方をご信頼するしかないと思っています」

「それでは、お渡しした書類の最後に同意書がありますので、お書き頂けますか」と言った。

「この場でですか」

 そう真理子が言うと、「できればお願いします。もしわからないことがあれば、今、この場でご質問ください」と上森は言った。

「わかりました」

 真理子は各書類の最後にある同意書すべてにサインをした。そして、それをそれぞれ担当の医師に渡した。

 その後で上森が「もう一度確認しますが、当日の付き添いのお方は奥様でよろしいですね」と言った。

「はい、わたしが付き添います」

「では、よろしくお願いします。当日必要になるものは、書類に記載されていますので、必ずお持ちください。では、これで失礼させて頂きます」

 そう上森が言うと、全員が会議室から出て行った。腕時計を見ると、午前十一時半を過ぎていた。

 午前九時前に会議室に入ったのだから、二時間半以上、説明を受けていたことになる。

 書類の最初の頁には、手術日と手術時間が書いてあり、最後の頁には、手術に際して必要なものが、細かく記入されていた。

 書類をまとめると、結構な厚さになった。ハンドバッグには入れられなかったので、会議室を出て、ナースステーションに行き、それらの書類を入れる封筒をもらった。

 

 会社に行く前に、昼食をとった。ざるそばにした。

 そこで、封筒から書類を出して見た。今日説明されたことが、ほとんどそのまま書かれていた。リスクについても細かく記載されていた。リスクに対しても、医師が説明しなかったことが書かれているというようなことはなかった。医師の説明は、過不足なく行われたのだ。ただ、真理子がそれを一度で理解するのは、やはり荷が重かった。いずれにしても、専門的なことは専門家に任せるしかなかった。この場合、その専門家はあの医師団なのだから、彼らに全てを託すより他に方法はなかった。