小説「真理の微笑 真理子編」

 次の日、午前七時に起きた真理子は、朝のシャワーを浴びると、昨日買ってきたパンの残りとレタスのサラダで朝食を済ませた。

 午前八時になると、昨日買ったスーツを着て、病院に向かった。

 病院に着くと、三階に上がりナースステーションに向かった。そこにいた看護師が応対に出て来たので、「富岡の妻です」と言った。

「富岡さんですね。ちょっとお待ちください」

 そう言うと、看護師はパソコンの前に行き、キーボードを叩いていた。それから受話器を取り、どこかと連絡していた。その後で、真理子の前に戻ってくると、「担当の医師が説明に来ますので、少しお待ちになって頂けますか」と言った。

 ナースステーションの側のソファに座って待っていると、しばらくして若い医師がやってきた。初めて会う医師だった。

「富岡真理子さんですか」

「はい」

「わたしは秋月といいます。富岡さんを担当させて頂いている医師の一人です。どうぞ、こちらにおいでください」

 真理子は、ナースステーション近くの小部屋に案内された。椅子を挟んで机がぽつんと置かれた、殺風景な部屋だった。

 医師は奥の椅子に座り、前の椅子を真理子に勧めた。真理子が椅子に座ると、医師はさっそく話し始めた。

「富岡さんには全身に症状がありまして、それぞれ適切な医師が分担して担当しています。もちろん中心となって担当している医師はいます。わたしは形成外科で、それも顔の形成を専門としています」

「…………」

「富岡さんの容態は、安定しています。腎臓の一つの損傷が激しいので、今は保全療法を取っています。予断はできない状態です」

「…………」

「今回は、顔の形成手術のことでお話させて頂きます。これは別の医師が話したかも知れませんが、ご主人の場合、顔面骨折していて、特に顔の下半分の主要な部分の骨は粉砕骨折といって、その骨をつなぎ合わせて形成するということが困難な状態です。従って、人工骨を使っての手術になりますが、普通の骨と違って経年劣化などの不具合を防ぐことはできません。従って、変な言い方ですが定期的なメンテナンスを必要とする場合があります。それと、お持ち頂いた写真から立体図を作成し、それに基づき形成していくことになりますが、非常に細部まで再現するということは、まず不可能だと思ってください。従って、形成した顔が、奥様や当人がイメージした通りになるとは限らないということです。顔の形成手術は本来ですと、他の手術が終わってから行っても遅くないんですが、ご主人の場合、顔面熱傷を負っていますので、皮膚移植も行わなければなりません。その際に、元になる顔がなければ移植できませんので、早いうちに行わせて頂くことになりました。それで手術の日なんですが、後で説明しますが、歯科医とも連携をとらなければなりませんので、今のところ来週の水曜日を予定しています。予定が変更になれば、すぐにご連絡します。顔面形成手術に関しては、同意書が必要なので、後でナースステーションに寄って書類に記入して提出してください」

 医師がそう言ったので、真理子は「あのう、こちらから写真を渡す時に、冊子をもらってその最後の頁に記入欄があったので、それに記入してすでに提出していますが、それとは違うんですか」と訊いた。

「ああ、あの冊子のことですね。あれは、形成外科がどういうものかということを理解して頂いたということを確認するためのもので、あそこに記入されたのは、あの冊子を読んでその内容を理解したということを確認したのに過ぎません。これから記入して頂くのは、顔面形成外科手術をすることに同意して頂くものです。それがないと私たちは手術をすることができないのです。また、同時に皮膚移植手術にも同意して頂くことになります。これは同時期に行う手術ではないんですが、顔を形成するという目的に対しては同じなので、今同意して頂いた方が、私どもとしては処置がスムーズに行えるものですから、その点もよろしくご理解ください」

 その後で、医師は術式を含めた、詳しい説明を真理子にした。顎の形成については、歯科との連携になるので、明日、歯科医から説明があると話した。真理子には、難しくて全部は理解できなかったが、おおよそのことはわかった。後は医師に任せるしかなかった。

「これからの話は、私の担当以外にも関わることですが、ご主人は全身に症状が見られますから、ご主人の容態の経過を見て、その都度、手術が行われることになります。これらは別々の手術ですので、それぞれの手術に対して、今回のような説明と同意書が求められます。煩雑だとは思いますが、ご理解ください」

「わかりました」

「とにかく私どもとして最善を尽くしますが、顔という非常にデリケートな部分ですから、ご期待に添える結果になるとは限りません。というよりも、あまり過度な期待はしないで頂きたいと思います。私から申し上げることは以上です。ご質問はありますか」

「いいえ。一応は理解したつもりです。でも、難しすぎて、全部がわかっているわけではありません。先生にお任せするしかないと思うんです。よろしくお願いします」

「できる限りのことはします」

 医師との話し合いはこれで終わった。

 部屋を出ると、医師に案内されてナースステーションに行き、二つの手術の同意書を読んで、サインをした。

 医師はそれを見て離れて行った。