二十三
留守だと嫌だなと思っていたが、本人は在宅していた。午前中だったためかも知れなかった。
ドアチェーンをして知美はドアを開けた。
僕は「警察です」と言って警察手帳を出して見せた。
それからいったんドアが閉まり、ドアが開いた。
知美はガウンを着ていた。下はネグリジェなのだろう。
沢村も入ってきた。
僕は時を止めた。
ズボンのポケットのひょうたんを叩いて、「この女の頭の中の映像を読み取ってきてくれ」と言った。
「はーい」とあやめは言って、女の中に入っていった。
僕は時を動かした。
「私は西新宿署未解決事件捜査課の鏡京介といいます。こちらは同じく沢村孝治です」
「五年前に起きた相沢浩二さん刺殺事件の調査でまいりました」と続けた。
「相沢浩二さんなんて方は、わたし知りませんよ」と知美は言った。
「そんなはずはないですよ。あなたが原因で相沢浩二さんは刺殺されたんですから」と言うと知美は震え出した。
「そのあたりの事情を今日は詳しく伺いに来ました」と続けた。
そう言うと知美は「ちょっと着替えてきますので、お待ちになっていてください」と言って、奥に引き込んだ。
僕らはしばらく待たされた。
その間に僕は時間を止めて、あやめを呼んだが、まだ戻って来なかった。
時間を動かすと、知美は普段着に着替えて、奥から現れた。
「この方をご存じですよね」
僕はジャケットの内ポケットから、相沢浩二の写真のコピーを取り出して見せた。
「いいえ、知りません」
その時ズボンのポケットのひょうたんが震えた。僕は時間を止めて、「読み取ってきた映像を送れ」と言った。
目眩がした。と同時に、大量の映像が送られてきた。それこそ小さい頃の映像まであった。五年前の映像を探すのは大変だった。それでも見つけた。
二人がラブホテルに入るところの映像だった。利用者名簿に知美は飯島恵子他一名とサインした。ラブホテルの名は、ホテル・アムールだった。新宿区大久保にあった。そのことが長瀬良一にばれて、二人は取っ組み合いのけんかになった。結局、腹をひどく殴られて、その場は収まった。
時間を動かした。
「そうですか。ホテル・アムールには行ったことがありませんか」と僕が言うと、明らかに知美の顔色は変わった。
「利用者名簿には、飯島恵子他一名とサインされていますよね」
これで観念したようだった。
「ええ、行きました」と知美は言った。
「それが、長瀬良一にばれたんですね」
知美は頷いた。
「相手は誰だか、訊かれましたか」と僕が言った。
「訊かれました」
「それで、相沢浩二さんの名前を教えたんですね」
「はい」
「長瀬良一は怒っていたでしょう」
「怒っていました」
「相沢浩二さんが刺殺されたことを知った時に、長瀬がやったとは思いませんでしたか」
「思いました。長瀬が殺したんだと思いました」
「だったら、何故、警察に通報しなかったんです」
「怖かったんです、長瀬が」
「その点は警察で良く取り調べます」
「わかりました」
「長瀬の普段、よく使っているものはありますか」と僕が訊いた。
「歯磨きブラシに、ヘアブラシですかね」
「今、ありますか」
「あります」
「持ってきてください」
知美は椅子から立ち上がると奥に入っていった。まもなく、歯磨きブラシとヘアブラシを持ってきた。僕はジャケットのポケットからビニール袋を取り出して、「この中に入れてください」と言った。
歯磨きブラシとヘアブラシをビニール袋に入れるとチャックを閉めた。それを沢村に渡した。
「これから、あなたを警察に任意同行します。着替えてくるなら待ちますよ」と僕が言った。
「ちょっとお待ちくださいね」と知美が言うと奥の部屋に引き込んだ。
沢村が「よく長谷川知美のことがわかりましたね」と小声で訊いた。
「警察官の勘だ」と僕は答えた。
「警察官の勘ですか」と言いながら、沢村は首をひねった。
ほどなく着替えた長谷川知美が現れた。
僕らはソファから立ち上がると、僕が前に立ち、知美を挟んで最後に沢村がついて来た。
玄関を出て、鍵を閉めると、沢村の車に案内した。
知美を後部座席に座らせると、その隣に僕が座った。安全ベルトを締めると、発車した。
西新宿署までは三十分ほどだった。
車を降りると、長谷川知美を連れて八階に上がっていった。
その一番奥の部屋に知美を連れて行き、椅子に座らせた。
「ちょっとお待ちくださいね」と僕が言うと、沢村に渡していたビニール袋を手にして、五階の鑑識に行った。
「この歯磨きブラシとヘアブラシからDNAを検出してください」
そして、と言おうとして資料を未解決事件捜査課に置いてきたことに気付き、地下の未解決事件捜査課まで行き、資料ファイルを持ってくると、また五階の鑑識にまで行った。
「さっき渡した歯磨きブラシとヘアブラシのDNAとここに記されているDNA鑑定が一致するか確認してください」と言った。
「結果は未解決事件捜査課の鏡までお知らせください」と続けた。
「明日までには結果が出ていると思います」
「分かりました。お願いします」と言って鑑識の部屋を出た。そして、すぐに八階に向かった。
八階の奥の取調室では、沢村孝治と長谷川知美が所在なさそうに座っているだけだった。
「何か訊いたか」と沢村の耳元で言った。
「何も。課長がいないんじゃ、取調もできませんよ」と言った。
僕は知美に「待たせて済みませんでした。これから、取調を行います。これは任意ですので、気分が悪くなったり、ご都合が悪くなったりしたら、お帰りくださっても構いません。ただし、場合によってはまた来ていただくことになるかも知れません」と言った。
僕は係官を呼んで、取調内容を書き取らせるようにした。
「では、これから取調を開始します」と僕が言った。
「あなたは、いつ頃相沢浩二さんと知合いになりましたか」と訊いた。
「もう五年も前の話ですから、よく覚えていませんわ」と知美が言った。
僕は、時間を止めて、あやめに、あやめが送ってくれた映像を知美に見せるように指示した。
五年前のクリスマスパーティーで二人は出会った。知美は相沢浩二を一目見るなり、好きになった。相沢浩二は知美のタイプだったのだ。
その時、知美は相沢浩二と連絡先を交換した。それから、知美は何かにつけて、相沢浩二を呼び出した。
時間を動かした。
「あっ、思い出しましたわ。クリスマスパーティーです。クリスマスパーティーで知合いになりました」と知美は言った。
「どんなパーティーでしたか」
「あるレストランがやっている誰でも参加できるパーティーでした」
「それでどうしました」
「電話番号を交換しました」
「それから」
「それだけです」
「嘘を言ってはいけませんよ。あなたは、何かにつけて相沢浩二さんを呼び出していますね」
「そうだったかしら」
「そうです。そうして、あなたは相沢浩二さんに惹かれるようになったんですね」と僕が言った。
「おっしゃるとおりです。わたしは相沢浩二さんを好きになっていきました」と知美が言った。
それから、どこで何回会ったのかを確認した。
「そして、二月の下旬にホテル・アムールに行ったんですね」
「それ一回だけです」
「でもそれが、長瀬良一に知られたんですね」
「ええ、ホテルに入るところを長瀬の知人に見られていたそうです」
「それからどうしました」
「その男は誰だって訊かれました。最初は見間違いだと言ってましたが、すぐに嘘はばれました」
「それで」
「男の名前を白状しろと、顔は殴られませんでしたが、殴る蹴るの暴行を受けました。それで、ついに、相沢浩二さんの名前を言ったんです」
「…………」
「どこの奴だと訊かれました。****会社の社員だと答えました」
「それで」
「もう二度と連絡も会うこともするな、と言われました。はい、と答えるしかありませんでした」
「それからどうしました」
「相沢浩二さんから電話が来ました」
「で……」
「主人に知られて、もう、会えない、と答えました」
「それから、どうしました」
「三月**日だったと思います。深夜、オートロックのチャイムが何度も鳴らされるので、長瀬が来たと思いました。部屋に入れると、革手袋をしていたんですが、手のひらの下あたりに傷があり、出血していました。ひどく興奮していました。何かあったな、と思いました。しかし、訊けませんでした。手袋を脱がし、傷の手当てをしたら、眠り始めたんです。躰を起こして着替えさせ、ベッドまで運びました。横にするとそのまま眠ってしまいました」
「…………」
「朝、テレビをつけると、昨夜〇時頃、相沢浩二さんがジャックナイフで刺殺されているというニュースを見たんです」
「どう思いましたか」
「ジャックナイフはいつも長瀬が持っているものです。昨日の傷からして、長瀬がやった犯行だろうと思いました」
「それで」
「すぐに警察から連絡が来ると思いましたが、いつまで経っても警察は来ませんでした。だから、長瀬の犯行じゃないんじゃないかと思うようになりました」
「そうですか。ありがとうございました。取調はこれで終わります」
知美は頭を下げた。
「今日は、これでお帰り願っても結構です。お疲れ様でした」と僕が言った。
午後二時になっていた。