小説「僕が、警察官ですか? 5」

二十二

 次の日に、未解決事件捜査課に行くと、皆はもう来ていた。

 僕がデスクに座ると、沢村孝治がファイルを持ってきた。

「これなんかどうですか。犯人らしき者の血が残っているのでDNA鑑定できますよ」

「読んでみよう。置いていってくれ」と言った。

「どうぞ」

 そう言うと僕のデスクにファイルを置いて、沢村は自分の席に戻っていった。

 新宿区江沢町二丁目**番**の路地で起こった三十二歳サラリーマン相沢浩二刺殺事件だった。

 五年前の、二〇**年三月**日午前〇時十五分頃、新宿区江沢町二丁目**番の路地で、酒を飲んだ帰りの学生二人が、スーツ姿の男性がうつ伏せに倒れているのを発見し、一一九番と一一〇番通報した。

 被害者は胸をジャックナイフで刺されており、傷は心臓まで達しており、病院に搬送された時には既に心肺停止の状態でそのまま亡くなった。

 防御創は無く、胸をいきなり刃物で刺されたとみられている。

 被害者は近所に住む三十二歳の会社員であることが判明した。現場は被害者の自宅まで僅か百メートル程のところだった。

 凶器は胸に残されたジャックナイフで、被害者の携帯や財布には手が付けられていなかったことから、物盗りの犯行ではないことが判明している。

 同僚の証言では、被害者は明るく社交的な性格で、周辺にトラブルなどは見当たらなかったことと、会社の評判では勤務態度が真面目であったことが分かっている。

 現場付近の防犯カメラには、被害者の他に、犯行時刻頃に現場に近づく男、及び事件後現場から全力で走り去る不審な男が映っていた。その不審な男は犯行現場から西の方角、メトロ江沢三丁目駅方面に向かったことが分かっている。

 重要な物証は、被害者の胸に刺されていたジャックナイフと、そこに犯人のものと思われる血痕が付着し残されていた。

 血痕については、すぐにDNA鑑定がなされ、関係者全員のDNAと照合したが、一致する者はいなかった。

 手などで身を守る際にできる防御創がなかったことから、犯人は被害者の知合いとみられており、被害者の知人にまで捜査が及んでいたが、未だに犯人は特定されていない。

 

「あーあ」と僕は椅子の上で、両手を後ろに回して枕を作り、頭を乗せた。そして、のけぞった。

 面倒なやまだった。

 周辺にトラブルがなかったということは、女関係だろう。それもタチの悪い女に手を出したのだろう。ヤクザが絡んでいるかも知れなかった。

 被害者の写真のコピーを取り、折りたたんでジャケットの内ポケットに入れた。そして、チャック付のビニール袋をジャケットの外のポケットに突っ込んだ。

 僕は沢村を呼んだ。

「とりあえず、事件現場に行ってみよう」と僕はジャケットを着込んだ。

「わかりました」

 沢村の車で事件現場に向かった。

 ズボンのポケットにはひょうたんを入れて来た。

 事件現場は割と人通りの多いところだった。路地といっても少し入ったところに被害者は倒れていたので、学生二人に見つけられたのだ。

 時間を止めて、ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「霊気を感じるか」

「感じます」

「なら、読み取ってきてくれ」

「はーい」

 時間を動かした。

「もっと人気の少ないところかと思いました」と沢村が言った。

「そうだな。その辺りに倒れていたんだな」と路地に入ったところを指さした。

「そうですね」

「何か分かることでもあるか」と僕が訊くと「いえ、何もありません」と答えた。

「そうだよな」

 僕は時間を止めて、あやめを待った。

 しばらくして、ズボンのポケットのひょうたんが震えた。

「戻って来たのか。だったら、映像を送れ」と言った。

 目眩がした。そして映像が流れてきた。

「おい、相沢、何故知美と関係を持ったんだ」と男は言っていた。

 相沢の意識から、男は長瀬良一だということが分かった。

「わたしは何もしていませんよ」

「しらばくれるな。知美から何もかも聞いたよ。お前から誘ったそうだな」

「そんなの、とんでもありません。わたしから誘うっていうことはありません」

「知美と関係を持ったんだな」

「一度だけです」

「それで、十分だ」

 長瀬はジャックナイフで相沢浩二の胸を刺した。手には革手袋をしていたが、勢い良く刺したもんだから、刃の縁で手を切ってしまった。その血がジャックナイフに残った。

 不意をつかれた相沢浩二には抵抗する暇がなかった。ジャックナイフを抜くと返り血を浴びることを知っていた長瀬は、そのまま逃げ出した。

 とにかく電車に乗って遠ざかろうと思った。

 相沢浩二は地面に倒れ込むと、少し這った。そこで息絶えた。

 映像はそこまでだった。

 知美とは、長谷川知美のことだった。

 時間を動かした。

 知られていない関係者が分かった。それは長谷川知美だった。そこから、犯人である長瀬良一を辿ればいい。

 僕は携帯で、未解決事件捜査課に電話をかけた。

「はい、未解決事件捜査課です」

 杉山照美が出た。

「鏡です。杉山君、横井に代わってもらえるかな」と言った。

 しばらくして「はい、横井です」と不機嫌な声が聞こえてきた。

「頼みたいことがあるんだ。すぐに、長谷川知美の免許証を調べてくれ。住所が分かったら電話を私にくれ」と言った。

「やっぱり頼み事なんですね」

「済まんが急いでやってくれ」と言って電話を切った。

「これからどうするんですか」と沢村が言った。

「長谷川知美のところに行く」と応えた。

「長谷川知美って誰ですか」と沢村が訊いた。

「相沢浩二の、今まで知られていなかった関係者だ」

「そんな関係者どうやって知ったんですか」

「ここに来て分かったんだ」

 沢村孝治は盛んに首をひねっていた。

 そのうち、携帯に横井から電話がかかってきた。

「わかりました。これから言いますね」

「ちょっと待ってくれ。メモを取る」

 僕は急いで手帳を取り出した。

「新宿区中本町三丁目**番エーゼルハイム五〇三号室です」

「分かった。ありがとう」

「どういたしまして」と言って電話は切れた。

 僕は沢村に向かって「これから言うところに連れて行ってくれ」とさっき電話で聞いた住所を繰り返した。

「中本町三丁目ですか。じゃあ、行きますか」と沢村は言った。

 僕は沢村の車に乗って、新宿区中本町三丁目**番エーゼルハイムに向かった。

 エーゼルハイムはなかなかしゃれた作りのマンションだった。

 入口で五〇三号室を呼び出さないと玄関ドアが開かない仕掛けになっていた。