小説「僕が、警察官ですか? 2」

三十五

 僕はきくの注いでくれたビールを飲んだ。

 だが、また事件のことに頭は傾いていく。

 

 芦田は、明日も川村が同じ電車に乗ったのなら、もはや、それが川村の運命なのだと思った。自分に絞殺されるのだ。川村はそのために生きてきたのだ、と芦田は思った。

 そして、次の日が来た。

 芦田は二年前の十二月十九日火曜日、午後八時に会社を出た。今日は定食屋に寄らず、そのまま駅に行き、新宿から来た電車を一台見送り、次に来た午後八時二十分頃の電車に乗った。昨日と同じ位置に止まった車両だった。電車に乗ると、川村を探した。見付けた。川村は、電車の乗降口近くに立っていた。これで川村の運命は決まった。スラックスの中でペニスがムクムクと勃起してくるのが分かった。明日、やってやるぞ、と芦田は思った。

 

 僕はビールを飲み干すと、フォークを取り、ミートスパゲティを食べた。デミグラスソースにケチャップを混ぜ、チーズを加えた味だった。

 子どもたちは一皿を食べ終わると、「お代わり」と言った。きくはききょうと京一郎の皿に、大皿からミートスパゲティを取り分けると二人に渡した。

 ききょうと京一郎は、「美味しいね」「うん」と言いながら、食べていた。

 

 二年前の十二月二十日水曜日、芦田は退社する時を待った。会社にいる時は、川村康子の顔を思い浮かべては、その首にロープを巻き付ける光景を見た。その度にペニスが勃起した。

 そして退社時間が来た。芦田は会社から出ると、すぐに北府中駅に向かい、新宿から来た電車に乗って、椿ヶ丘駅で降りた。

 部屋に入ると、上着とワイシャツを脱いでハンガーに掛けた。それからズボンを脱ぐとこれもハンガーに掛けた。パンツを取ると、紙おむつに穿き替えた。長袖シャツを着ると、その上に紺色のセーターを着た。さらに、黒い皮のジャケットを着た。下はジーパンを穿いた。

 箪笥の引出しから小さなショルダーバッグを取り出し、目出し帽と新しい紺色のハンカチとロープを入れた。袈裟懸けに肩からかけると、手には皮手袋をした。玄関で靴箱から、洗って乾かしておいた運動靴を取り出すと履いた。

 部屋を出て、駐輪場に行き、自転車に乗った。そして、椿ヶ丘駅に向かった。椿ヶ丘駅には、午後八時二十分に着いた。川村は午後八時三十分に着く電車に乗ってくるはずだった。もし、一本遅れた電車に乗ってきても待つつもりだった。今日は何があっても、川村康子を仕留めるつもりだった。

 午後八時三十分になった。新宿からの電車が到着して、駅からは大勢の人が出て来た。芦田は、川村を捜した。川村は携帯を見ながら駅を出て来た。何も知らず、自分の横を通り過ぎていった。目眩がするようだった。白い喉が見えた。その喉に、後もう少しでロープを巻き付けられるのだ。

 芦田は止めてあった自転車に乗って川村の後をつけた。これまでの獲物と同じように川村は携帯を見ていた。

 芦田は川村の行く先を予想して先回りをした。通りの角に自転車を止めて、向こうから川村が来るのを見ると、先を急いだ。最後の角に止まって、向こう側を、川村が通って公園に向かうのを確認すると、自転車を漕いで、先に公園に向かった。

 奥の木立がある柵の所で自転車を降りた。それから、小さなショルダーバッグから目出し帽とハンカチとロープを取り出した。小さなショルダーバッグは自転車の前籠に入れた。

 柵を跨いで越えると、公園の中に入った。そして、手にしていた、目出し帽を被った。すると、右手にハンカチが、左手にロープが残った。

 柵から、少し坂になっている所を降りて、木の陰に来ると、川村を待った。まもなく女性がやってきた。川村だった。

 芦田の近くを通り過ぎた時、芦田は飛び出し、後ろから川村の口を右手に持ったハンカチで押さえた。川村は激しく抵抗した。口にしたハンカチをさらに押さえつけて、声を出せなくすると、左手でロープを首に巻きつけた。もう手慣れてきていた。

 木陰に川村を引きずり込んだ。その時は、右手のハンカチをジーパンのポケットに入れていた。右手が空くと、両手でロープを掴んだ。この瞬間が堪らなかった。川村は最後の抵抗を試みていた。しかし、もう遅かった。芦田は首のロープを引っ張った。快感が躰を貫いていった。川村は泣いていた。その目を見ながら、さらに締め上げていった。芦田は絞めながら、いつものように射精をした。

 もう一度、首を締め上げると、立ち上がり、上から女を見下ろした。ブルッと躰が震えた。そして、射精をした。

 胸に手を当てて心臓が動いていないことを確認すると、ロープを外した。

 川村をその場に転がすと、坂を駆け上がり、柵の手前で、目出し帽を脱いで手に持った。柵の所に止めてある自転車まで来ると、前籠の小さなショルダーバッグを取り、その中に目出し帽とロープを入れた。ジーパンのポケットに入れたハンカチはそのままだった。

 それから、柵を越えて、芦田は自転車に乗った。今日もやった。また一人、女を永遠に手に入れたのだった。

 

 僕が考えながらもミートスパゲティを食べ尽くすと、きくが「あなた、お代わりは」と訊いてきた。

「ああ、もらおう」と応えた。

 きくは大皿からミートスパゲティを取り分けて、僕の前に皿を置いた。僕はフォークでスパゲティを食べた。美味しかった。きくは本当に現代の料理も覚えた。一生懸命に作っているんだろう、と思った。

 芦田に殺された女性たちにも未来はあったのだ。芦田のやったことは、決して許されることではなかった。

 

 夜、寝室のベッドではきくが抱きついてきた。僕も抱き締めたがそれだけだった。きくを深く抱く気持ちには慣れなかったのだ。

「あなた」と言うきくに「済まんな、疲れているんだ」と答えた。

 きくは僕を抱き締めると、「いいんですよ。きくはこうしているだけで幸せですから」と言った。

「きく……」

 

 夜が更けて、きくが眠った。時間を止めて、ひょうたんを取り出した。

 リビングルームに行くと、ひょうたんの栓を抜いた。

「主様……」と言って、あやめは抱きついてきた。

「あやめ」

「はい」

「今日は、随分と働かせてしまったね」

「構いませんわ。主様のためですもの」

「そうか」

「ええ」

「あれだけ働いてくれたんだから、あやめを抱いてやりたいが……」と言うと、あやめは口づけをしてきた。

 舌を絡ませた。

「主様。言わないで。わたしには、主様のお気持ちがわかっていますから」と言った。

「そうか」

「ええ。今日は、大人しくひょうたんの中で眠ります」と言った。

「あやめもひょうたんの中で眠ることはあるのか」と訊くと「言葉の綾ですよ」と答えた。

「そうか」

「では、あまり考えすぎないように」と言うと、あやめはひょうたんの中に入っていた。

 ひょうたんに栓をすると、寝室に戻り、鞄の中にひょうたんを入れた。

 それから、ベッドに入ると、時間を動かした。

 ベッドの中では、眠れなかった。残り二つの絞殺事件の映像をまだ再生していなかったからだ。