三十六
ベッドに入った僕は、芦田が***開発株式会社の北府中市の支店から、新宿二丁目にある***ビルの五階と六階にある本社に移動になった経緯を再生していた。
それは昨年の新年会のことだった。芦田は専務に酒を注ぐ時に、耳打ちをされた。
「まだ内定段階だが、この四月にも君を本社勤務に移動させることが決まった。新しいプロジェクトのサブに起用されるから、そのつもりで」と言われた。
芦田勇にとっては、大抜擢だった。本社勤務になるだけでなく、新しいプロジェクトのサブディレクターに起用されたのだ。これほどの幸運があるだろうか。
この内定は二月には決定され、芦田に通知された。
本社は新宿二丁目にあるから、そこに通いやすい場所に転居しなければならなかった。
芦田はネットで検索して、中京町にあるエスコート四谷中京町六〇五号室に転居することになった。今までの北府中市のマンションよりも二万円近く高くなったが、中京町からなら、新宿二丁目にある本社まで自転車で通えた。それに、給料も上がった。四月から本社勤務になるので、三月二十九日に引越しをして、三十日に各方面の諸届出を済ませた。
そして、四月二日に、エスコート四谷中京町のマンションから本社まで自転車で通った。大体、十分から十五分あれば行くことができた。午前八時五十分に、自転車を本社ビルの駐輪場に置くと、ヘルメットを外して、前の籠に入れ、エレベーターに乗った。
会社の始業時間は午前九時からだった。五分前に五階の会社入口に着いた。
支給されていた磁気テープの付いたカードを駅の改札口にあるようなところにかざすと、自動ドアが開いた。
磁気テープの付いたカードはネームプレートにもなっていて、首から紐でさげた。
途惑っていると、専務が芦田を見付け呼んでくれた。そして、立てば周りが見渡せて、座れば個別に仕切られているデクスの一つに案内してくれ、「ここを使ってくれ」と言った後、大きな声で、「みんな、聞いてくれ。ここにいるのが今日から本社勤務になった芦田勇君だ。よろしく頼む」と言った。芦田は「芦田勇です。よろしくお願いします」と言った。芦田は鞄をデスクの上に置いた。
専務は「じゃあ、早速、プロジェクトの仲間を紹介し、プロジェクトを開始してもらうことにするよ」と言った。
専務は大きな声で「****プロジェクトを担当する者は第二会議室に来てくれ」と言った。何人かが立ち上がり、手帳のようなものを持って集まってきた。
「君にもこれを渡すよ」と言って、A4判の手帳のようなものを渡してくれた。それには、三色ペンもついていた。
「じゃあ、行こう」と専務は言った。芦田は専務の後をついて行った。
会議室には、専務を入れると、七人の人間が集まった。
専務は資料を配って、「君たちにはこれからある区のアンケートの集計プログラムを作ってもらう。アンケートの集計プログラムなら、すでにいくらでもある。君たちに作ってもらいたいのは、アンケートの任意の位置に○をつけたものを読み取り、それを集計するだけでなく、アンケートに対する意見や要望などの文字も認識してテキスト化してもらいたい。すでに文字認識ソフトは開発しているから、それと組み合わせて、指定された任意の位置に書かれた文字を認識してテキスト化してもらいたい。そして、これからが重要な所だが、テキスト化した文字から、評価点をつけられるようにしてもらいたい。例えば、『良かった』と書かれていればAとか、『全然だめ』と書かれていたらEとか評価してもらいたい。このプログラムを八月七日までに完成させて欲しい。難しいと思うが、頑張ってもらいたい」と言った。
その後、メンバーを一人ずつ紹介していった。
チーフディレクターは西村香織、女性だった。芦田はその下で働くことになった。
プロジェクトが動き出してから、芦田はイライラするようになった。プロジェクト自体は順調に進んでいたが、何故かイライラするのだった。原因は分かっていた。女を絞殺したくて堪らなくなってきたからだった。今度は、継母のような女性だけが対象ではなくなっていた。上司になった西村香織、三十八歳。本当はこの女を絞め殺したかった。しかし、自転車で通勤しているから、電車の中で女に会うこともない。欲求を発散させるために、午後六時に退社後、自宅に戻ると、スポーツウエアに着替えて、自転車で一時間から一時間半ぐらい新宿区内をサイクリングした。
新宿区内には、ビルだけでなく、その間にいくつもの公園があった。それらの公園に着いては、少し休んだ。
そんな時だった。五月七日月曜日、午後八時半頃に西新宿公園でベンチに座り休んでいると、目の前を西村香織に似た女性が通り過ぎていった。
その女性は携帯を見ていた。芦田には気付いていなかった。芦田はその女性の後をつけた。女性は公園を横切って、その先の通りに出ると、しばらく歩いて、あるマンションに入って行った。外廊下だったので、通りからその女性が入って行った部屋が見えた。三階の真ん中の部屋だった。その女性が秋野恵子、三十五歳だった。
西新宿公園に戻った。新宿区の中では、比較的広い公園だった。しかし、秋野が通った通路はそれほど長くはなく、途中一箇所だけ木陰があった。狙うとしたら、そこだけだった。奥の方には林もあった。そこのベンチには、何組かのカップルが座っていた。
この公園には、人がいる。声を立てられたらアウトだった。それだけにスリルがあった。一瞬の勝負だった。
明日も同じ時間にここを彼女が通るようであれば、その次の日に決行しようと芦田は思った。久しぶりに興奮してきた。
次の日、午後六時に退社した後、軽く食事をしてから自宅に戻った。今日は、午後八時半頃に西新宿公園に行けば良かった。自宅でゆっくりとくつろいでから、スポーツウエアに着替えた。午後七時半だった。西新宿公園まで自転車で三、四十分ぐらいだろうか。少し早めだが、サイクリングがてら西新宿公園を目指した。
西新宿公園には、午後八時二十分に着いた。目的の時間の十分前に行くのが芦田の癖になっていた。自転車から降りて、昨日と同じベンチに座った。
午後八時半になった。果たして、目的の女が現れた。スポーツウエアの前が膨らんだ。これで秋野の運命は決まった。明日、自分の手の中で絞殺されるのだ。充血していく目が浮かんだ。今日は我慢ができなかった。芦田は西新宿公園から自転車で自宅に戻ると、スポーツウエアを脱いで、全裸になった。そしていきり立ったペニスに冷たいシャワーを当てながらしごいた。激しく射精した。明日はもっと射精するだろう。手はまた激しく動いた。そして、また射精した。
五月九日水曜日が来た。プロジェクトは順調に進んでいた。後は秋野恵子を締め上げるだけだった。会社にいるときは、なるべく考えないようにしていたが、そう思えば思うほどペニスは立ってくる。
トイレの個室に入って、ペニスをしごきたくなるのを我慢しながら、仕事をした。そして、退社時間が来た。
自宅に自転車で帰った。今日は、サイクリングをするのではない。スポーツウエアを着るのは、止めた。肌着にポロシャツを着て、紙おむつを着けて、ジーパンを穿いた。そして、皮手袋とハンカチとロープを用意した。目出し帽も忘れなかった。ハンカチとロープと目出し帽は小さなショルダーバッグに入れると、袈裟懸けに肩からかけた。手には皮手袋をした。そして、下駄箱から洗ってある運動靴を出して履いた。
午後七時四十分になったので、部屋を出て、駐輪場に降りて行った。ヘルメットは被らなかった。自転車に乗ると、西新宿公園に向けてゆっくりと走り出した。スピードは出さなかった。午後八時半まで十分に時間があった。
西新宿公園には、午後八時二十分に着いた。午後八時半の十分前だった。
今日はベンチには座らなかった。それでは、先回りはできない。秋野恵子が歩いてくる方向に自転車を進めた。そして、遠くに秋野を見付けた。先回りをして、公園の入口に自転車を止めて、一箇所だけ秋野を襲える場所に向かった。
今日は危険が多かった。まず、人通りがあった。秋野一人が通路を歩いてくる保証はなかった。そのときは諦めるしかなかった。いや、諦めるわけがない。犯行が明日に延びるだけだった。
女の姿が遠くに見えた。秋野だった。携帯を見ていた。
秋野は開けた公園内の道を歩いていた。そのうちに芦田が隠れている林に近付いてきた。秋野の周りに人はいなかった。チャンスだった。芦田の隠れている木の前を通り過ぎた時、芦田は秋野の背後に周り、後ろから口をハンカチを持った右手で塞いだ。そして、引きずるようにして、林の中に連れ込んだ。秋野は激しく抵抗した。ハイヒールがさっきは片方だけだったが、両方とも脱げた。芦田はすぐに秋野の首にロープを巻き付けた。これで声が出せなくなった。口を塞いでいたハンカチをジーパンのポケットに入れ、両手でロープの両端を持った。この瞬間が最高だった。ペニスがいきり立った。徐々に力を入れて、引っ張った。秋野の顔が苦悶に歪んだ。その顔が見たかったのだ。秋野の手がロープを掴もうとした。しかし、虚しくもそれはできなかった。その代わり、秋野は失禁した。スカートにシミが広がった。それを見て、芦田はさらに興奮した。ペニスははちきれんほど立ち、ロープを引っ張りながら、ついに射精をした。それは、秋野の息が止まるまで続いた。
しばらくロープを絞って、秋野が完全に死んだのを確かめた。また、獲物を仕留めた。ペニスはまた立った。しかし、ここに長くいるわけにはいかなかった。
芦田は立ち上がると、目出し帽を取り去って公園を突き切り、自転車に急いだ。
いつものように余韻に浸っている時間はなかった。それは、自宅に戻ってすればいい。
自転車の前の籠から小さなショルダーバッグを取り出すと、目出し帽とロープを入れた。ハンカチはジーパンのポケットに入れたままだった。
小さなショルダーバッグを袈裟懸けにすると、自転車を走らせた。