十四
街道を歩いて行くと、団子屋が見えたので、きくに「入るか」と訊くと「はい」と答えた。それで、風車の方を見ると彼も頷いたので、団子屋に入ることにした。
椅子に座ると、「そういえば風車殿は酒を飲みませんね」と僕は訊いた。
「拙者はこう見えても下戸なもので」と頭をかいた。
「どちらかというと甘いものが好きでして」と言った。
「私と同じです」と僕も言った。
僕はあんころ餅を二つ食べ、きくはお汁粉を二杯頼み、その一杯はお餅を食べた残りをききょうに匙で飲ませた。
風車は串団子を五本食べた。
代金を払って店を出ると、また歩き出した。
次の宿場に来ると、少し時間は早かったが、今日はここで泊まることにした。宿を探して、適当なところを見付けると、そこにした。当然、風車も同じ宿にした。
個室に案内されてくつろいでいると、廊下側から「少しよろしいですか」と男の声がかかった。
きくを見ると頷いているので、「どうぞ」と僕が言うと、武家の者が入ってきた。
入ってくると、頭を下げて、「お初にお目にかかります。わたしは高越藩の秋坂源治郎と申します」と言った。
僕は「鏡京介です」と言った。
「承知しています。御貴殿が鏡殿と知って、お願いの儀があります」と言った。
「何でしょう」
「今、わたしは我が藩を脱藩した脇村新左衛門という男を追っています。この男はつい先月まで我が藩の勘定役をしていた者です。しかし、藩の金を使い込んで。それで捕らえようとしたのですが、いち早く藩から抜け出してしまいました。そこでわたしどもが追うことになったのです」
「そうですか」
「そして今日、見付けたのです。この先の宿に投宿したのを見届けました」
「では、捕まえればよろしいでしょう」
「それが、脇村新左衛門は新陰流の使い手でして、わたしどもの手に余るのです」
「それでは捕まえるのに加勢せよと言われるのですか」
「いえ、捕まえなくてもいいのです。成敗できればわたしどもは藩に戻れます」
「すると、斬り合いになるということですね」
「はい。相手も必死でしょうから、簡単に倒せるとは思えません。そんな時に、鏡殿をお見受けしたのは、神の思し召しかと思い、思い切ってお願いすることにしたのです」
「そうですか」
「うまく仕留めていただければ、これをお納め願います」
そう言って、秋坂源治郎は三十両を差し出して見せた。
僕はきくとききょうの方を見て「ご覧のように、私は女、子ども連れです。ありがたいお話ですが、お受けするわけにはいきません」
「どうしても駄目ですか」
「ええ」
「そうですか」
そう言うと秋坂源治郎はがっかりしたように三十両を懐にしまった。
「その代わりと言っては何ですが、私と同等の剣客をご紹介しますよ」と僕は言った。
「そんな方がいらっしゃるんですか」
秋坂源治郎の目が輝いた。
「風車大五郎殿、話は聞いておったのでござろう。こちらに参られよ」と僕は言った。
すると、隣の襖が開いて、風車が入ってきた。
「この者は風車大五郎殿です。私と同じ力量を持った剣客です」と秋坂源治郎に紹介した。
風車は秋坂源治郎の前に座ると、「風車大五郎です」と言った。
「風車殿に先程の話を頼めばいいでしょう」と僕は言った。
「そうですか。鏡殿の推薦であるなら大丈夫でしょう。では、風車殿に脇村新左衛門を討ち果たすことをお願いしましょう」と言った。
風車も引くに引けない状態になったことに観念したのだろう。
「わかり申した。お引き受けしましょう」と言った。
秋坂源治郎は肩の荷が下りたといったようにホッとした顔をした。
「で、どういう段取りなのですか」と風車は訊いた。
「明日、脇村新左衛門が宿を出たら、わたしどもが追います。この宿場の先に寺があります。そこに追い詰めます。そこに風車殿に来ていただき、脇村新左衛門を討ち果たしていただきたい」と言った。
「わかりました」
「脇村新左衛門が宿を出たら、使いの者を寄こしますから、その者について来てください。朝餉は早めに済ませておいてください」
「承知しました」
「では、明日、よろしくお願いします」
そう言うと秋坂源治郎は部屋を出て行った。
「拙者が鏡殿と同等の使い手などととんでもないことを言うもんですね」と風車が言った。
「ああでも言わなければ、風車殿に仕事が回らなかったでしょう」
「気易く言わないでくださいよ。相手は新陰流の使い手だそうじゃないですか」
「そう言ってましたね」
「拙者が切られたらどうするんですか」と風車は少し不安そうだった。
「大丈夫ですよ。私も見物に行きますから」と僕はさりげなく言った。
「見物ですか」
「ええ、見物です」
風車が力を落としていると、きくが「いざとなったら、鏡様が何とかしてくださるから安心していいですよ」と言った。
「それに三十両ですよ。こんな機会はめったにないじゃないですか」と続けた。
きくは僕が何とかして、風車に花を持たせようとしていると信じているようだった。
「さぁ、風呂にでも行きましょう」と僕は言った。僕は今日着ていた着物を持つと、手ぬぐいや浴衣、新しいトランクス、タオルに折たたみナイフを持って、廊下に出た。
待っていると、風車も手ぬぐいと浴衣と着替え用のふんどしを持って廊下に出て来た。
風呂場で僕が着物を踏み洗いしていると、「せっかく鏡殿が回してくれた仕事だから、三十両いただくことにしましょう」と風車が元気に言った。まるで自分を鼓舞しているかのようだった。