小説「僕が、剣道ですか? 4」

二十

 山道を通ったので、近道ができた。

 次の宿場に着いた頃には日が落ち始めていたので、ここで泊まることにした。

 どの宿も山道に荒くれ者がいたせいで、空いていた。

 個室に一泊二食付きで一人二百文でいいと言う宿があったので、そこに泊まることにした。風呂もあると言う。

 角部屋に入ると、夕焼けに染まる山の景色が綺麗だった。

 僕は用意されていた手ぬぐいと浴衣に折たたみナイフと新しいトランクスを持つと、きくとききょうとで風呂に入りに行った。

 頭と躰を洗い髭を剃ると、ききょうを受け取り、腰までの湯に浸からせた。その間に、きくは躰を洗うと洗い物をした。

 湯から上がると、ききょうをバスタオルで拭いた。僕が躰を拭き、浴衣を着ると、ききょうを受け取った。きくはショーツを穿き、浴衣を着た。そのまま風呂場を出ると、窓の外の掛け竿に洗い物を干した。

 夕餉をとった後、布団を敷いた。

「きく、浪人者二人を相手にどうだった」と訊くと「別に怖くはありませんでした」と答えた。すでに二人の浪人者を切った経験があるので、今回は、僕も落ち着いて任せることができた。

 ききょうを真ん中に、布団に入ると、きくも僕もすぐに眠った。

 

 次の朝、朝餉を済ませると、早々に宿をたった。

 なるべく早く鹿爪藩を通過するためだった。口留番所破りはしていないが、鷹岡藩の目付、木村彪吾は僕らの行方を追っていることだろう。口留番所を抜けていないとすれば、鷹岡藩内にいると思っているだろうが、鹿爪藩に向かっていることは知っているから、すでに鹿爪藩に入ったと思うかも知れない。

 無益な争いを避けるためにも、鹿爪藩は早く通過した方が良かったのだ。

 鹿爪藩を通り抜けるためには、城下町に入らなければ、ならなかった。

 そこで役人に取り押さえられた。逃げれば逃げ切ることはできたが、それではお尋ね者にされてしまう。それを避けたかったから、役人に同行した。

 町奉行、品川藤十郎の前に、僕ときくとききょうは引き出された。

「口留番所を通過したという記録がないのは何故じゃ」と品川藤十郎は訊いた。

「それは袖の下を掴ませたからです」と僕は平然と嘘を言った。

「鏡京介の記録については、読んだ。山賊を成敗したことや黒亀藩の二十人槍や指南役の氷室隆太郎を破った件については知っている。しかし、それは五年前の話じゃ。それから五年経っておる。だが、今のおぬしを見る限り、五年前と変わっていないように見える。それとおぬしが連れておるきくとききょうだが、これも五年前と同じではないか。これはどう説明するのだ」と品川藤十郎が訊いた。

「私は神隠しに遭いました。そこで別の時代に行っていたのです。その間、この時代の時が止まっていたのです」と僕は答えた。

「まるで浦島太郎のような話じゃな」

「嘘のように聞こえるかも知れませんが、それが真実です」

「すべてが嘘だとは思ってはおらん。おぬしの持ち物を検査した。見慣れぬものがあった。確かにこの地のものではないようだ」と品川藤十郎は言った。

「では、ご理解して頂けましたか」

「そちが申し出ている白鶴藩に問い合わせているところじゃ。白鶴藩から返事が来るまで、ここに留まるように」と品川藤十郎は言った。

「では、どこか宿を探し、そこに泊まることにします」と僕が言うと、「すでに宿の手配はした。山城屋に泊まってもらう。白鶴藩から返事が来るまでは、山城屋から出ることも相成らん」と言った。

「分かりました」と僕は言った。

 僕らは荷物も押収されることなく、山城屋に泊まることになった。

 

 山城屋では、個室があてがわれた。

 朝餉をとった後はすることがないので、庭で定国を使って素振りをしたり、きくの懐剣の練習をさせたりした。

 三日経っても四日経っても、何も言ってこないので、町奉行品川藤十郎に、『品川藤十郎殿 すでに五日目に入っていますが、白鶴藩からはどのような返事が来ているのでしょうか。後、どれくらい待てばいいのかお教え願いたく申し上げます。 鏡京介』と書いた手紙を山城屋の主に託した。

 すると品川藤十郎から、明朝、貴殿のみで町奉行所まで来て頂きたい、という手紙が届いた。

 朝餉を食べて、身支度をして町奉行所まで行った。

 町奉行所に着くと、待合室に通され、役人から「ここで待っておれ」と言われた。しかし、いくら待っても誰も来ない。変だなと思い、「誰かいないのか」と呼ぶと、刺股、突棒、袖搦を持った役人に囲まれた。

「これはいかなることだ」と僕が言うと、役人の背後から、町奉行品川藤十郎が現れ、「そちは御禁制品を所持しておる。よって召し捕る」と言った。

「白鶴藩には問い合わせてくれたのか」と訊くと、「そんなもの問い合わせるはずが無かろう」と答えた。

「きくとききょうはどうした」と訊くと、「もうすぐここに連れて参る」と答えた。

「どうしてこれほどまで、待たせた」と訊くと、「おぬしらの素性を確かめておったのだ」と答えた。

「それで何か分かったのか」

「わからなかった。ただ、御禁制品を所持していたということだけで、罪状は十分だ。引き立てい」と品川藤十郎は言った。僕は定国を抜くと、刺股、突棒、袖搦を持った役人を峰打ちにして、次々と倒していった。

 これには、品川藤十郎も慌てたようで、「何をしておる。こやつを早う捕らえよ」と役人に言った。しかし、刀を抜いた役人は皆、右腕を折られていった。

 僕は品川藤十郎に当て身を食らわして、気絶させた。

 町奉行所の外に出ると、きくとききょうが引き立てられて来るところだった。僕は引き立てていた役人の両腕を定国で折り、きくとききょうを縛っていた縄を切った。

 僕らの持ってきた荷物は、岡っ引きが持っていたので、「それを渡せ」と言うと、素直に渡した。

 僕はきくに「ここにいるんだぞ」と言って、また町奉行所の中に入っていった。

 憤怒の炎が躰を包んでいた。

 品川藤十郎を後ろ手に縛ると、背中を押して、気絶から覚めさせ、立たせた。

 品川藤十郎は「こんなことをしてただでは済まんぞ」と言った。

 僕は「そんなことは分かっている」と言って、品川藤十郎の右足を刺した。品川藤十郎はたまらず、倒れた。次は右腕を刺した。

「これはきくの分だ」

 そして、左腕を刺した。

「これはききょうの分だ」と言った。

「騙してくれたな。それゆえ、簡単には死なせん」と言って、腹を浅く切った。腸が飛び出してきた。

「これでもう助からん。後は苦痛に喘ぐがいい」

 そう言うと、僕は町奉行所から出た。

 僕が風呂敷包みを担ぐと、きくがききょうをおんぶして、町を出た。

 追ってくる者はいなかった。