小説「僕が、剣道ですか? 3」

二十八

 母からの買物リストを持って、再び安売りのスーパーに戻ってきた。

 客は少なくなっていた。特売品はすべて売り切れていた。

 仕方ないので、特売品ではなくてもリストにある物を籠に入れていった。ほとんどの物は買えた。

 安売りのスーパーで買えなかった物は、デパートで買った。スモークサーモンとかマスクメロンなどだった。

「家に帰ったら、今日のことは内緒だぞ」ときくに言った。

「わかりました」

 

 家に着いたのは、午後四時だった。途中でケーキを買った。昼食をとっていなかったから、おやつ代わりだった。

「随分早くに出かけたのに、遅かったわね」

「凄い混みようでね。狙っていた物がなかなか買えなかったんだ」

「そうなの」

「これ、おつり」と言って、二万円で残った分を返した。二万円の中には、ケーキ代も入っていた。その間に、オーバーコートと革ジャンを脱いだ。

 その後、買ってきた物を出して、冷蔵庫にしまった。冷蔵に入れない物はテーブルの上に置いた。

「ケーキ買ってきたけれど、食べる」と母に訊いた。

「食べるわ。何買ってきたの」

「チョコレートケーキとショートケーキとメロンケーキ」

「だったら、メロンケーキにするわ。珍しいじゃない」

「そうだね」

 僕はチョコレートケーキを選んだ。

「きく、コーヒーを入れてくれない」

「おきくちゃんにコーヒーが入れられるの」と母は驚いた。

「まぁ、見ていて」

 きくはインスタントコーヒーの瓶を取り出すと、小さなスプーンに山盛りにしたコーヒーの粉を二杯コーヒーカップに入れた。そして、きくはコーヒーカップを電気ポットの下に持ってきて、ポットのボタンを押した。

 コーヒーカップに湯を注ぐと、コーヒーカップを受け皿に載せ、それをお盆に載せて、僕の前に運んできた。そして、受け皿ごとコーヒーカップを僕の前に置いた。

「どう、できるだろう」

「すごい、いつ覚えたの」

「昨日です」

「おきくちゃん、わたしとあなたはお茶ね」と言った。

「わかりました」と言って、きくはお茶を湯呑みに入れて、母と自分の席の前に置いた。

「じゃあ、ケーキを食べましょう」と母が言った。

 きくはショートケーキをどう食べていいのか、分からないようだった。僕は小さめのフォークを三つ出して、それぞれのケーキの皿に置いた。

「これをどうするんですか」ときくが訊いた。

「僕が食べるところを見ていて」と言って、チョコレートケーキをフォークを使って食べて見せた。

「そう使うんですね」ときくが言って、自分も同じようにフォークでケーキを切るようにして食べようとした。だが、力の入れ加減が分からないらしく、上手く切れなかった。

 僕はきくの手を取って、「こうするんだよ」と教えた。

「ああ、わかりました」ときくは言うと、今、教えたようにケーキを切って、フォークで刺して口に入れた。

「そうそう、それでいいんだ」

 ケーキ一つでも、新しい物の食べ方を教えるのは、大変だった。

 

 僕は自分の部屋に戻ると、ベビーベッドにいるききょうを見た。目を開いていた。瞳が動いていた。何を見ているんだろう、と思った。

 机に座ると、パソコンを起動した。クラウドストレージにアップロードしたデータを整理した。

 エクセルを起動して、今まで倒してきた黒金高校の連中の一覧表を作った。

 生徒手帳から学年とクラス、名前を拾い出して書き込み、生徒手帳の顔写真をファイル添付した。もちろん、彼らと遭遇した日付は最初に入れた。

 生徒手帳を持っていなかった奴のは、音声ファイルから、学年とクラス、名前を聞き出して、表に書き込み、顔写真をファイル添付した。

 表は、黒金高校というタイトルが一番上の行に来て、二番目の行に、番号、彼らと遭遇した日付、学年、クラス、名前、顔写真のファイル名が並んだ。そして、その下の行から、実際のデータが入力されていった。

 そうして一覧表を作ると、九十一人にものぼった。

 こうして表を作るのに、三時間近くもかかった。

 

 時計を見ると、午後八時を過ぎていた。

 今日は親父は忘年会で帰って来るのが遅いし、ケーキを午後四時頃食べていたから、お腹はあまり空いていなかったが、リビングに降りていった。

 母はテーブルで眠っていた。買物の片付けをしていて疲れて眠ったのだろう。

 きくはソファで眠っていた。確かに今日は大変だったから、きくも疲れたのだと思う。

 僕も本当のところ、疲れてはいたが、妙に冴えていた。昼間の激闘の興奮が収まらないのだろう。

 きっと夕食を食べて、風呂に入ったら、死んだようにぐっすり眠るんだろうな、と思った。

 

 そのうち、母が起きた。

「あー、眠っちゃってたんだ。あら、こんな時間。ごめんなさいね。すぐ夕食を作るからね」

 階上でききょうが泣いていた。お腹が減ったのだろう。きくを起こした。

 きくは起き上がると、ききょうの泣き声を聞きつけ、「お乳をあげなくちゃ」と言って、慌てて、僕の部屋に上がっていった。

 僕はテレビをつけた。

 クイズ番組をやっていた。少し見ていたが、面白くなかったので消した。

 僕も自分の部屋に行くことにした。

 部屋に入ると、きくはききょうにお乳を飲ませているところだった。

 僕はパソコンをもう一度、起動させると、さっき作ったエクセルのファイルをクラウドストレージにアップロードした。そして、USBメモリにもコピーした。それと一覧表を印刷した。九十一名の名簿ができた。

 黒金高校の全員が不良だとは思わないが、現在の在籍数の六百四十二名の半数が不良ならば、三百二十一名、六割ならと三百八十五名と敵対関係にあるというわけだ。九十一名やっつけたから、半数なら残り二百三十名、六割なら残り二百九十四名となる。そして、そのトップにいるのが竜崎雄一だ。

 パソコンゲームじゃないんだから、残りの兵隊を全員やっつけるより、竜崎雄一を倒した方が楽なようだ。だが、どうやったら、竜崎雄一に辿り着けるか、それが問題だった。

 

「ご飯よー」と言う母の呼ぶ声が聞こえた。夕食の準備ができたのだ。

 きくも授乳を終えたようだった。

「下に行くぞ」ときくに言うと、きくも頷いた。