小説「僕が、剣道ですか? 3」

二十九

 十二月三十日は大掃除と決まっていた。朝から僕は大掃除の手伝いをさせられていた。窓拭きから納戸の整理まで、一日中、こき使われた。

 きくは掃き掃除と拭き掃除に活躍した。

 午後四時頃には、一通りの掃除は終わった。

 

 その時、携帯が鳴った。出ると、沙由理からだった。

 いきなり「明日、一緒に除夜の鐘を聞いて、初詣しましょう」と言った。

「すまん。先客があるんだ。いつも家族で、除夜の鐘を聞いて、明治神宮に初詣することになっているんだ」と嘘の言い訳をした。実際には、きくとききょうを連れて、明治神宮に初詣に行くつもりだった。きくは、明治神宮の初詣を知らないはずだから、ぜひ、見せてやりたかったのだ。

「そう、わかったわ。だったら、二日はどう」

「初詣はしちゃったからな。そうだ、カラオケに行こうよ。カラオケならOKだ」

「カラオケ」

「ああ。ただし、条件がある。君に現代美術展に誘われた時に真紀子って友人に頼まれたって言ってたよね。その真紀子って友人を連れてくること。それが条件だ」

「確かに真紀子は友人だけれど、本当のことを言うと、彼女のことあまり好きじゃないのよ」

「困ったな。その真紀子って子にも頼みたいことがあるんだ。彼女に僕を連れ出すように君に言った人をカラオケ店に連れてくることなんだけれど」

「何か企んでいるの」

「まあ、そうだけれど、簡単に言えば、真紀子って子に僕を連れ出すように言った人を知りたいんだ」

「わかったわ。話してみる。どこのカラオケ店に何時に行くって言うの」

「この前行ったカラオケ店はどう。あそこ、雰囲気良かったじゃないか」

「で、何時に」

「僕たちは午後一時に行って、彼女たちには二時に来るように言えばいい。そうすれば、一時間二人だけになれるよ」

「わかったわ」

「言っておくけれど、僕の名前を出しちゃ駄目だよ。警戒するに決まっているから。ボーイフレンドを連れて行くとだけ言っておけばいい」

「わかった。そうする。今から電話してOKだったら、また電話する」

「うん、待ってる。あっそうだ、もし僕の名前を訊かれたら、富樫元太だと言ってくれ」

 僕は親友の名前を出した。すぐにいい名前が思いつかなかったからだ。それに親友の名前なら、忘れっこないし。

「わかった。もし訊かれたら、そう言うわ」

 携帯はそれで切れた。

 

 一時間後に沙由理から携帯で電話が来た。

「真紀子の方はOK。真紀子にあなたを誘うように言った人は、二時には遅れるって。でも、来るって言っていたわ」

「そうか。それならそれでいい。OKだ。じゃあ、二日の午後一時にカラオケ店で会おう。でも、それなら、その前に昼食でもどう。正午に新宿南口の改札の前で待ち合わせて、食事しよう」

「いいわね」

「今度は時間通りに行くから」

「いつまでも待っているわよ」

「分かった。じゃあね」

 そこで携帯を切った。

 そばにきくがいた。

「また沙由理さんとデートですか」

「そうだけれど、これにはわけがあるから」

「どんなわけですか」

「それは……説明しにくい」

「説明できないわけなんですね」

「いや、そういう意味じゃない」

「どういう意味ですか」

「参ったな」

「どうして参るんですか」

「昨日、危険な目にあっただろう。あんなことがまた無いように予防をするんだ」

「どんな風に予防するんですか」

「それを説明すると長くなるから」

「長くなってもいいです」

「説明しにくいことなんだ。分かってくれよ」

「説明しにくいことなんですね。わかりました。きっと男女のことなんですね」

「違うってば」

「どう違うんですか。説明しにくいのは、そういうことだからではないんですか」

「違うんだけれど、もういいよ。そう思っていれば」

 僕は面倒になってきた。きくの方が黒金高校よりも手強いかも知れなかった。

 

 十二月三十一日は、母ときくとききょうと僕とで明治神宮に初詣に行くことになった。

 ききょうを連れて行くと言った時に、母も行くと言って聞かなかったのだ。でも、僕としては母がついてきてくれた方が万一の場合を考えると助かると思った。

 初詣には、午後九時頃、家を出ようということになった。

 午前七時に目が覚めたが、夕食に年越し蕎麦を食べるくらいだったので、僕は朝食を食べたらまた眠った。十二時に起こされて、昼食を食べた。

 二十九日にきくと買出しに行った物は、二段重ねの重箱に詰め込まれていた。

 玄関に謹賀新年と書いた大きな札を貼った。

 うちは神棚がないので、テレビの横の引出し付きのボックスの上に、お供え餅とその上に小さなミカンを載せたのが三方に載せられて供えられた。

 午後五時になると、授乳を済ませたきくと、近くの蕎麦屋に行って、年越し蕎麦とエビの天ぷらを四人分買ってきた。結構、人が並んでいて三十分待って買った。

 きくに「年越し蕎麦って何ですか」と訊かれた。

「大晦日に縁起を担いで食べる蕎麦のことだよ」と説明した。

 僕は「きくは年越し蕎麦を食べたことがないのか」と訊くと、「ない」ですと答えた。

 並んでいる時に、携帯で年越し蕎麦を調べたら、一八一四年に大坂で年越し蕎麦が食べられていたことが検索できたので、きくのいた一七一〇年頃の江戸時代には、年越し蕎麦は食べられていなかったことが分かった。

 蕎麦を買うのに並んでいたのは、エビの天ぷらを揚げるのに時間がかかったためだった。

 午後六時ぐらいにテレビをつけると、年越し用の番組がもう始まっていた。

 各地の賑わいも映し出された。明治神宮も映されていた。もう人出で大混雑していた。

「お母さん、明治神宮はもう混雑しているよ」と母に言うと、「願い事をしに行くというより、人を見に行くようなものだからね」と答えた。そうかも知れなかった。

 午後七時に、蕎麦が茹でられた。氷を入れた水でしめて、それぞれ四つのざるに盛られた。エビ天は、オーブンで温めて、大きな皿に盛られて出された。

 きくは年越し蕎麦の食べ方を知らないので、蕎麦屋でもらったストレートで使う蕎麦つゆを蕎麦猪口に入れて、まずエビの天ぷらを蕎麦つゆに少しつけて食べてから、薬味にネギの刻んだものとわさびを入れて、蕎麦を食べて見せた。

「エビの天ぷらは一度に食べなくてもいいよ。僕が、ネギとわさびにエビの天ぷらは合わないと思っているから、先に食べてしまうだけだから」と言った。

「わかりました」と言って、きくはエビの天ぷらを食べた。すぐに「美味しいです」と言った。また、一口食べた。

「これ、凄く美味しいです」と言った。蕎麦は祖母が施設に入った日に、帰ってきて食べたから、美味しさは知っていただろうけれど、母の作るつゆと、蕎麦屋のつゆでは味が微妙に違っているから、そのあたりは分かっただろうか。

 エビの天ぷらを食べ終わると「蕎麦も美味しいです」と言って食べた。

 午後八時になったので、そろそろ出かける準備を始めようと思った。ききょうを連れて行くので、ききょうのことを一番に考えないといけないと思った。

 年越し蕎麦を食べ終わると、きくはききょうに乳を飲ませた。

 哺乳瓶を持って出かけるかは悩んだ。結局、保温用の水筒に沸騰した後冷ましたお湯を入れて、湯冷ましのために五〇〇ミリリットルの赤ちゃん用の水とキューブタイプのミルクを別に持って出かけて、飲む前にミルクを作ることにした。従って、哺乳瓶も持った。それらは、ぼくのショルダーバッグに入れた。もちろん、催涙スプレーとか警棒は出した。

 おむつとお尻拭きと汚れたおむつを入れるビニール袋は万一のために持った。これもショルダーバッグにしまった。

 ききょうの用意ができると、僕は何を着て行こうか、悩んだ。結局、戦闘用の服装で行くことにした。人混みの中で何が起こるか、分からなかったのと、この服装で祈願をしたかったからだ。

 午後九時になったので、僕ときくとききょうと母は出かけた。ききょうは抱っこ紐で抱っこされた形で出た。ききょうが使っている抱っこ紐はおんぶ紐にもなる優れ物だが、人混みの中でおんぶするのは、危険なので抱っこして行くことにした。

 JR高田馬場からJR原宿まで電車で行った。

 駅を降りると、もう人混みで大変な混雑だった。参道に入る前から列ができていた。

 最後尾の列に並んだが、すぐ後ろに列ができた。

 列は少しずつ前に進んでいたが、まだ、初詣のお賽銭箱のところは開けられていないだろうから、人が詰められて進んでいる感じだった。

 きくが下から「きくはこんなに人がいる所に来たことがありません」と言った。

「そうか、きくは初詣は初めてか」と訊いたら、「初めてです」と答えた。その後で「お正月になって、最初に神社にお参りをすることを初詣と言うのなら、したことがあります」と言った。

「へぇ、そうか。それも初詣と言うな」と言いながら、自信がなかったので、携帯で検索した。『新年にはじめて社寺へお参りすること(広辞苑第七版)』 と出てきたので、よし、と思った。

 午後十一時頃、ききょうが乳を欲しがったので、僕はショルダーバッグから哺乳瓶を初めとして、必要な物を取り出した。母がアルコールティッシュで手を拭くと、キューブタイプのミルクの袋に書かれている説明を読んで、キューブタイプのミルク一袋を切って、中から三個のキューブを哺乳瓶に入れた。一個のキューブで四十ミリリットルのミルクができるので、お湯を水筒から八十ミリリットル入れキューブのミルクを溶かし、赤ちゃん用の水の入ったペットボトルを開け、水を哺乳瓶に入れ、熱さを調節しながら混ぜ、また水筒の湯を足して、温度を調整した。哺乳瓶の乳首カバーをセットして、温度を四十度にしたら、母は手の甲に垂らして温度を確認し、哺乳瓶をきくに渡した。きくはそれをききょうに飲ませた。ききょうが飲み終わると、哺乳瓶を受け取り、乳首カバーのところにカバーをつけて、ショルダーバッグの中に入れた。

 午前〇時前になると、除夜の鐘が遠くから聞こえ出した。そして、午前〇時になると、お賽銭箱が開けられ、列が動き出した。きくを僕の前に出し、はぐれないようにした。母は隣にいた。

 一時間ぐらいして、お賽銭箱というより、お賽銭を投げ込むシートに向かって、銭を放った。きくは小さいので、ききょうを抱っこしているきくを抱き上げて、五円持たせたきくに「あそこに向かって投げろ」と言った。きくは思い切り遠くに投げた。五円は賽銭箱に当たって、シートの上に落ちた。社殿の中程に来たので、手を合わせて願い事をした。きくも手を合わせた。母も合わせていた。それが済むと、列はどんどん社殿から遠ざかっていった。

 参道を今度は駅に向かって歩いた。ロープが張られていて、これから参拝する列と帰る列に分けられていた。

 やっとの思いで駅に出ると、きくが「初詣は大変ですね」と言った。

 僕は「この大変さを味わうために人は集まってくるんだ」と言った。

「そうなんですか」ときくが訊くから「冗談だよ。年の最初に神様にお願い事に来る。それで一年、幸せに暮らせるように願う。いい習慣じゃないか」と答えた。

「一年を幸せに暮らせるように願わなければ、いけなかったんですか。きくは違う願い事をしてしまいました」

「何を願ったの」と母が訊いた。

「言えません」ときくが母に答えた。

 母は笑った。

「どんな願い事でもいいのよ。神様はちゃんと聴いてくれるから」と母が言うと「ほんとですか」ときくが言った。

「ほんとさ」と僕が答えた。

 その後、電車で家に帰った。