小説「僕が、剣道ですか? 1」

 夕餉の時に、明日の盗賊討伐の話を島田源太郎にした。

 早朝出発することも伝えた。

「わかった。大変だろうが、くれぐれも頼み申す」と頭を下げられた。

「失敗はしません」と答えた。何の勝算もあるわけではなかった。

 

 その夜は激しかった。きくが声を上げようとするのを、何度口を手で塞いだことか。

 そしてきくの躰中にキスマークを付けた。

「これは戦いのおまじないだ。こうすると、相手が倒れてくれる」

 僕は嘘を言った。しかし、きくは信じた。

 僕は明日の戦いのことで興奮していたのだ。しかし、そのうちに睡魔が襲ってきた。

 僕はきくに抱かれて眠った。

 

 朝、五時前に目が覚めた。まだ夜は明けていなかった。

 きくはすでに起きていて、布団の前に座っていた。行灯の火が点っていた。

「おはよう」と言うと「おはようございます」と返してきた。

「早いな」と訊くと、「戦ですもの。女の戦はもう始まっています」と答えた。

 朝餉を素早く済ませると、座敷に戻り、きくに「戦支度はしてあるのか」と訊いた。それを待っていたように「はい、してございます」と答えた。

 きくが用意してくれた戦の衣装を着てみた。足を上げてみたり、躰を捻ってみたりした。しかし、しっくりこなかった。動きづらかったのだ。試しに「ここに来た時の服はとってあるか」と訊いてみた。きくは、棚を開けて「はい、ここに」と言った。

 棚まで行ってみると、ジーパンや長袖のシャツやシューズ、そしてトランクスまで揃っていた。全て洗ってあった。

 僕は「これを着て行く」と言った。

 きくは驚いて「これをですか」と尋ねた。

 僕は「そうだ」と答えた。

 きくの前で戦支度の衣装を脱ぐと、ふんどしもとった。きくは両手で目を覆った。

 久しぶりに穿くトランクスは肌に馴染んだ。ふんどしなんかとんでもなかったと思った。そして、肌着を着て長袖の厚手のシャツを着た。これもしっくりときた。それからジーパンを穿いた。最高の気分だった。ベルトを締めると自在に動けた。こうでなくちゃ、いけない、と僕は思った。

 きくは僕の服装に驚いていた。見慣れなかったからだ。

 刀をベルトに差し込んで見た。差し込むことはできるが、途端に動きづらくなった。鉄の棒をぶら下げている気分だった。ベルトから刀を抜いた。これで自由に動けるようになった。刀はやはり帯に差すに限る、と思った。

 きくの用意してくれた戦支度の中に、陣羽織があった。僕はそれを着た。そして紐で前を結ぶだけでなく、これに太くない帯を巻いてくれときくに頼んだ。きくは、棚から中ぐらいの幅の帯を選ぶと、それで陣羽織の腰のあたりを巻いて締めた。

 今度はその帯に刀を差した。ベルトに差した時とは異なり、今度は自由に動けた。

 その出で立ちで中庭に向かおうとしたら、きくが袖を引っ張った。

 きくの方を向くと「これを」と言って、袋に包んだ物を差し出した。手に取って中を見ると、竹の皮に包んだおにぎりが二つ入っていた。

「戦は長引くかもしれないんですよね」

「そうだ」

「それなら、お腹が空くと思って」と言った。

「そうか。心遣い、ありがとう」と言うと、涙ぐんで「無事に帰っていらしてくださいね」と言った。それから竹筒に入れた水も渡してくれた。

 僕はそれをベルトの右側から紐で吊るした。

 

 中庭に行くと「おぅー」と言う叫び声が上がった。みんな集まっていた。

 誰の目にも生気が宿っていた。しかし、戦支度を見ると、盗賊に間違われそうな者もいた。これでは寺に入ったとき、同士討ちをしかねなかった。

 僕は近くにいた侍頭の佐竹に「何か目印になるような物がいりますね」と言った。

「目印ですか」

「彼らを見てください。あれじゃあ、寺に突入したときに盗賊と間違われる者も出てくる」

「確かに。しかし、目印と言っても……」

 僕はすぐにいいことを思いついた。鉢巻きだった。西日比谷高校の野球部の応援団は、白い鉢巻きをしていた。それを思い出したのだ。

「白い鉢巻きはどうですか。すぐに用意できますか」

「なるほど。それなら用意させます」

 佐竹は女中たちを呼んで、白い鉢巻きを用意するように命じた。彼女たちは、部屋に入り白い反物を切り裂いて、鉢巻きをすぐに作った。それを三十人の討伐隊に配った。

 彼らは鉢巻きを締めた。

「白い鉢巻きをしているのが、味方だ。くれぐれも同士打ちをしないように」と言ってから、それだけでは不安になったので、「合い言葉を決めておこう。戦う相手に『山』と言ったら『川』と答えるんだ。その逆でもいい。とにかく戦う前に『山』と言うように。そして『山』と言われたら『川』と答えるんだ。分かったな」

「おぅー」という返事が返ってきた。

 出発の時が来た。銅鑼が打ち鳴らされた。

 島田源太郎も姿を見せた。

「いよいよ、行くのか」

「はい」

「無事に成敗をして帰って来ることを祈っている」

「朗報を待っていてください」

 僕は彼に頭を下げると、部隊の先頭に立った。

 馬が用意されていたが、乗れなかったので断った。仮に乗れたとしても断っていただろう。楯などの重い荷物は馬車で運ぶことにした。

 目的地の荒れ寺は二里ばかり先にある。

 今は五時半を過ぎた頃だろう。早歩きで行けば、七時か七時半前には着けるだろう。

 僕は先頭に立って、走るかのように歩き出した。