小説「僕が、剣道ですか? 1」

 討伐隊の面々を道場に集めた。

「不満かも知れないが、この討伐にあたっては私が指揮を執る」

 佐竹から聞いていたらしく、一同は頷いた。

「では、これから明日の作戦会議を開く」

 僕は懐から寺の見取り図を出して広げた。

「見取り図が見られるように、もっと近くに寄れ」

 僕は遠巻きにしていた者たちに言った。言ったらすぐに寄ってきた。

「明日、早朝、準備が出来次第、討伐に向かう。いいか」

 そう言うと、皆が「おぅ」と叫んだ。

「この中で弓が得意な者は手を挙げてくれ」

 七人ほどが手を挙げた。

 僕は後ろに置いておいた碁石の中から、黒石を七つ取って、それを寺の背後に置いた。

「こことこことここ」というように、三箇所に二、二、三と黒石を置いた。

「腕のいい者が、二人ずつ組を組め。腕の劣る者は三人組に回れ。私は誰が腕がいいのか分からないから、今、ここで決める。まず、弓の腕がいいと思う者、手を挙げろ」

 僕がそう言うと即座に三人が手を挙げた。

「もう一人必要だ」

 そう言うと、顔を見合わせていた四人の内の一人が手を挙げた。

「では、今手を挙げた四人が二人ずつで組を組め」と言った。

「わしは新五郎がいい」と誰かが言うと、自然に二組ができた。

 その二組には、寺の背後の塀が崩れた箇所の左右に陣取ってもらうことにした。もう一組は、寺の背後の中央付近にいて、寺に向けて弓を放ち続ける、それが役目だと言い聞かせた。

「戦いは長期戦になる。くれぐれも矢がなくなることがないように」と言うと、皆が笑った。

「残りの者は楯を引き詰めて、正面から少しずつ寺に向かって前進して欲しい。相手は、矢だけでなくつぶても投げてくるだろうから、それを楯で防いでもらいたい」

「それからどうするんですか」

「それだけでいい。できるだけ相手に矢を使わせろ。そして疲れさせるんだ。決して無理に門に向かうことはするな。矢が楯に届くか届かない位置で、陣を張っていろ」

「それじゃあ、膠着状態のままじゃあないですか」

「そうだ。本隊はそれでいい」

「本隊? と言うと別働隊があるんですか」

「あるとも」

「ええ、でも今の話の中には別働隊なんて出てきませんでしたよね」

「してたつもりだったんだがな」と僕が呟くと、「してませんよ」と誰かが言った。

「みんなは忘れてはいないか」

 一同は互いに顔を見合わせて、首をひねっていた。

「私がいるではないか」

 そう言うと、みんなが、ええ、という驚いた顔をした。

「一人でどうするんですか」と誰かが言った。

「ここから」と私は見取り図の、寺の塀が崩れている箇所を指さした。

「中に入る」

 誰もが黙ってしまった。しばらく沈黙が続いた後に、「一人でですか」と誰かが言った。

「そうだ」

 そう言うとどよめきが起こると同時に「私も」、「俺も」と何人もの声が上がった。

「それじゃあ、奇襲にならないじゃないか」と僕は言った。

「相手には、数を頼りに攻め込んで来ると思わせるんだ。だが、実際はその逆をやる。攻め込むのは私一人だ」

「先生、それは無茶だ」

「そうだ。先生は確かに強いけれど、一人で乗り込むなんて無謀すぎる」

 道場に通っていた者は、みんな口々にそう言った。

「だから、効果的なんじゃないか」

 僕がそう言うと静まった。

「相手は、絶対にたった一人で攻め込んで来るとは思ってはいない。そこが付け目なんだよ」

「どういうことですか」

「思わぬことに出くわせば、誰でも驚くだろう。どうすればいいのか、すぐには判断できない。その隙を突く」

「そんなこと、無理ですよ」と誰かが言うと、「そうですよ」、「俺たちも行きますよ」と言う声が続いた。

 僕は言った。

「ここに死にたい奴はいるのか」

 みんなが首を左右に振った。しかし、その後で「でも死ぬ覚悟はあります」と声を揃えた。

「死ぬ覚悟はある、か」

 僕は第二次世界大戦のことを思った。特攻隊に選ばれた者たちもきっとこんな感じだったのだろうな、と少しは想像できた。

「私は、君たちを一人も死なせたくはない」と言った。

 しーんと静まりかえった。

 それを破って、道場の年長の者が「それじゃあ、先生が……」と言いかけたところで、「私も死ぬ気はない」と僕は遮るように言った。

「こんな作戦を、死ぬつもりで立てたと思うのか。そうじゃない。生き延びるために考えたのだ」と言った。

「私一人で、盗賊たち全員をやっつけることなんて到底できない。だから、中に入ったら、数人を倒して、寺の門を開ける。そうしたら、そこからみんなが突入してきてくれ。残りの盗賊たちは、みんなに任せる」

 そう言うと一同は、ようやく納得したような表情を見せた。僕はただ門を開くために中に侵入する、盗賊たちの大半は自分たちで成敗する、そう彼らは思ったのに違いなかった。

「わかりました」と全員が言った。

「そうか、それなら良かった。明日は早い。日が昇らないうちに出発する。相手の寝込みを襲いたい。それから長期戦になるかも知れない。それも踏まえて、準備をしておくように」

「はい」

「では、今日はこれで解散する。ところで人を集めるときはどうするんだ」

「ホラ貝を吹くか銅鑼を打ち鳴らすよな」と誰かが言った。

「だったら、銅鑼にしよう。銅鑼を鳴らしたら、中庭に集合する。それでいいな」

「はい」

 みんな元気に返事をした。

「では、解散」

 

 僕は部屋に戻ると寝転んだ。

 一人で敵の根城に乗り込むのは、正直言って怖かった。しかし、仲間が入り込んできてしまえば、間違えて切りつけてしまうかも知れない、それを恐れたのだった。自分一人なら、相手はみんな敵ということになる。存分に戦える……、だが、そんなに上手くいくのだろうか。

 考えても仕方がないことだった。

 そこに若い女が入ってきた。

「ご主人様がお戻りになったと言うので、慌てて庖厨から参りました」

「そうか」

「そんな風に寝転んでいないで、わたしの膝を枕にしてください」

「膝枕か」

「そうです」

「それもいいな」

 僕は女の膝に頭を乗せた。

「そう言えば、君の名を聞いてはいなかったな」

「きく、と言います」

「きく……、か。あの花の菊か」

「由来はそうです。きくはひらがなで書きます」と言った。

「そうか、おきくさんか」

「おきくさんなんて、嫌です。きく、って呼んでください」

「分かった」

「明日は、盗賊の討伐に出かけるんですね」

「そうだよ」

「討伐隊の隊長さんなんですってね」

「そういうことになっているね」

「凄いですね」

「そうでもないさ」

「お若いですけれど、お歳を訊いてもいいですか」

「いいよ。十六歳」と言った途端に、「わたしと一歳違うだけなんですね」と言って、僕を抱き締めるようにした。この時代では数え年で数えるから十七歳って答えなければならなかったんだと思ったが、十七歳も十六歳も大して違わないだろうと思った。

 きくはまたたたずまいを正して、僕の頭を膝に乗せたままで言った。

「わたし、あなた様のお世話を仰せつかって嬉しかったんですよ」

「普通は嫌なんじゃないの」

「そんなことありません」

「そう」

「みんな、羨ましがっていたんですもの」

「どうして」

「だって、あなた様は若いし、背が高いし、役者のようなお顔をしていますもの」

 僕は最後の一言には、がっくりきた。きくは褒めているのだろうけれど、江戸時代の役者の絵を見ると、どれも不細工な奴ばかりに見えてしまうからだった。この時代において、役者のように見えるということは、現代では、いけてない奴ってことになってしまうのではないか。僕はそんなことを思った。

「だから、若い女はみんながお世話係をやりたがったんですよ。でも、一番、歳が近そうなわたしが選ばれたんです。その時、わたし嬉しかったなぁ」

「そうなんだ」と言いながら、僕はまったく別のことを考えていた。もし、現代に戻れたら、絵理に告ろうと思っていた。しかし、今の時代の役者のようだと言われて、絵理に断られそうな気がしてきた。幼なじみだから、無下なことは言わないだろうけれど「いいお友達でいましょうね」ぐらいは言われそうだった。

「どうしたんですか。お顔の色が冴えませんよ」

「えっ」

「明日のことを悩んでいたんではありませんか」

 きくに見透かされるほど落ち込んでいたのか、と思った。

「明日のことなんか、悩んではいないさ」