二十三
秋の畑仕事も一段落がついた頃、夏美は新聞に入っていた広告が目に入ってきた。その中でホームヘルパーに興味が湧いた。
高瀬隆一は、自動車事故により車椅子生活を余儀なくしている。刑期を終え、出所してきた時に高瀬に不自由な暮らしは、夏美はさせたくなかった。高瀬の手助けになる事なら何でもしようと思ったのだった。しかし、どうしていいのか、具体的な事は何もわからなかった。そこで、高瀬が入所している間にホームヘルパーの資格を取ろうと思ったのだった。通学すると一ヶ月程度で取得できるというのが、魅力的だった。
『高瀬隆一様
少し、寒くなってきましたね。いかがお過ごしですか。
わたしも祐一も元気に過ごしています。
今、わたしはホームヘルパーの資格を取ろうと思っています。隆一さんが車椅子生活をしている事もありますが、農作業のない冬の間も、ホームヘルパーの資格があれば、仕事ができると思うんです。
隆一さんは、今までのようにパソコンに向かってキーボードを叩いているのでしょう。そして、わたしはホームヘルパーの仕事をするのです。春から秋は畑仕事もしますから、食べ物には困りません。これなら、隆一さんが刑務所から出てきても、生活していけるでしょう。
祐一も頑張っているんだから、わたしも頑張らなくちゃ。
わたしはあなたと未来を見て生きていきたいと思います。
あなたを愛する夏美より』
『夏美様
僕は元気に暮らしている。ただ、パソコンが自由に使えないのが、残念なところだ。今、パソコンの世界は、MS-DOSからWindowsの世界に変わった。それに、これまでフロッピーディスクを主体に記録してきたのが、CDに変わってきている。実際にそれらに触れることができないのが、残念だ。
だから、必死に本で勉強をしている。刑期を終え、出所した時に世の中について行けないのでは話にならないからね。
夏美、夏美がホームヘルパーの講習を受け始めたと知らせてきた時は、正直驚いた。僕のためだったら、無理はしないように。でも、何かをしていた方が、君らしいとも思う。君のことを応援しているよ。 隆一』
十一月になって、夏美はすぐに高瀬に面会に行った。
高瀬はまた少し痩せたようだった。
「ちゃっんと食べれている」と夏美は訊いた。
高瀬は「ああ」と答えた。
「それならいいけれど、少し痩せたみたいだから」
高瀬は少し笑って「非常に、規則正しい健康的な生活を送っているからね。そのせいだろう」と言った。
そして「祐一はどうしている」と訊いた。
「元気にしてるわよ。日増しに逞しくなっていく。腕や足に随分と筋肉がついてきたわ。今まで着ていた物がみんな窮屈になったので、この前、大きなお店に買物に行ったくらいよ」
「そうなんだ」
「食べる事も着る物も半端じゃないから、大変だわ」
「それは良い事じゃないか」
「そうね。いい事だわ」
「ホームヘルパーの勉強を始めたんだろう。どうなの」
「この歳になって、何かを始めようなんて思ってもみなかっただけに、大変よ」
「無理はするなよ」
「大丈夫よ。無理なんか、していないわ」
「僕のためだったら、気にする事はないからね」
「あなたのためだけじゃないわ。こうして、何かしていた方が、気持ち的に楽なの」
「そうなのか」
「ええ」
「それならいいが。僕も今は、一生懸命、Windows関係の本を読んでいるよ。パソコンが自由に使えたらとは思うけれど、刑務所内じゃあ、しょうがない。頭の中で、必死にキーボードを打っている。この前なんか、プログラムを打ち間違えた夢を見て、青ざめたくらいだから」
「好きな事が、自由にできないのは辛いわね」
「しょうがないさ。それなりの事をしてしまったんだから」
事件の事に話が及びそうになったので、二人はまた、祐一の事を話題にした。夏美は、祐一が朝、起きてから、夜、寝るまでの事を話して聞かせた。
そのうちに時間が来た。
高瀬は、左手をアクリル板に押しつけた。その薬指には夏美との結婚指輪か嵌められていた。
夏美もアクリル板に手を押しつけた。これが面会時のキスの代わりだった。