小説「真理の微笑 夏美編」

十二

 新学期が始まった。高瀬祐一は、夏美に連れられて報道陣の囲みを破るように、学校に向かった。農道を歩いていて、近くに人がいなくなった時、祐一が「ねえ、お母さん、お父さんは悪い事をしたの」と訊いた。夏美は握っていた祐一の手をより強く握って「そんな事ないわよ」と答えた。その答は夏美が、高瀬から聞きたかったものだった。

 祐一が学校から帰って来ると、「大丈夫だったよ」と言った。そして、すぐに二階の自室に上がっていった。その後ろ姿には、何かがあったのかも知れないが、母親には言うまいとする決意のようなものが感じられた。

 夏美も二階の自室に上がり、今日の祐一の様子を高瀬に伝えようとしたら、高瀬からメールが届いていた。開いてみると、「ダウンロード」と書かれた文字が現れた。その文字にカーソルを合わせてクリックすると、何かがダウンロードされた。そしてダウンロードが終わると、「OK」ボタンをクリックした。すると画面が一瞬暗くなって、高瀬からのメッセージが現れた。

『夏美へ

 これが最後のメールとなる。これまでメールに書いてきた事や書かれていた事は忘れて欲しい。同じように手紙についても忘れて欲しい。高瀬隆一の事は全て忘れて欲しい。  隆一』

 しばらくして、画面が真っ暗になった。

 パソコンを起動しても暗い画面が現れるだけになった。

 前に高瀬から送られてきたパソコン通信ソフトを入れて、起動してみた。すると、それも最初は起動したが、すぐに画面は暗くなった。

 この時、初めて夏美はさっきダウンロードしたソフトは、パソコンデータ消去ソフトだった事に気付いた。

 高瀬は夏美とのメールのやり取りを残したくなかったのだ。おそらく、履歴も含めて、パソコン内の全てのデータが消去されたのに違いなかった。

「ひどいよ、ひどい。隆一さん」

 夏美は畳にへたり込むように座ると、最初はひとしずくの涙が、やがて激しいものとなって流れた。

 夏美は隆一からもらった僅かなメールも失ったのだ。