小説「僕が、警察官ですか? 1」

 翌日は、トロフィーと楯と賞状を持って西新宿署に向かった。千人町交番所の管轄は西新宿署だった。西新宿署の署長に全国警察剣道選手権大会の報告をした。

 署長へ報告すると、満足そうな顔をした。広報課の人たちも来ていて、署長との記念写真も何枚か撮った。そのあと、広報課の質問攻めにあった。

 解放されたのは、一時間半後だった。

 僕は今日は午前一時から午前九時までのシフトだったが、交番に寄った。

 

 保多巡査は午後五時から午前一時が勤務シフトだったので、北村巡査だけがいた。

「所長、全国警察剣道選手権大会、優勝おめでとうございます」と言われた。

「ありがとう。それで何かありましたか」と訊いた。

「いいえ。でも、石井和義さんの奥さんが見えました。まだ、自宅には帰っていないと言ってました。こちらにも、事件や事故の報告がないので、そのことを伝えました」

「もう一週間経つよね。ということは、家出なのかな」と僕が言うと、「そうなんでしょうね。使途不明金があり、経理部だったというから会社にも行けずに、どこかにいるんでしょうね」と北村は言った。

「どこなんでしょうね」と僕は呟いた。

 僕はそのまま自宅に帰った。

 

 水曜日の午後二時頃だった。五十代の婦人が交番を訪れた。非常に恐縮そうな顔をしていた。

 僕が「どうしたんですか」と訊くと、「健太がいなくなったんです」と答えた。

 子どもが行方不明になったのか、と思ったら、健太というのは、柴犬の名前だった。お昼に西新宿公園に散歩に連れていったら、見当たらなくなったと言う。もう一時間も捜しているのに見つからないと言う。日誌に婦人の名前と住所と捜し物を記入したら、「じゃあ、捜しに行きましょう」と僕が言った。

「そうしていただけますか。よろしくお願いします」と婦人は言った。

 僕は自転車を押しながら、婦人と西新宿公園の方に向かった。

 広場のベンチに来た。婦人は「ここで休んでいたら、健太が見えなくなったんです」と言った。

「いつもは呼べば戻ってくるんですよ」と続けた。

「首輪から綱を放したんですね」と僕が言うと「ええ」と応えた。

 周りを見回したが、犬らしきものは見えなかった。とすれば、奥の林の方にいるんじゃないかと思った。

「向こうを見てきますね。あなたはここにいてください」と言って、自転車で林の方に向かった。西新宿公園には林が四方にあった。

 通路の近くの林は後回しにして、残りの二箇所を回った。

 すると東の奥の林で犬の吠える声が聞こえた。そっちに行って見ると、林の中の一箇所で犬が吠えていた。柴犬だった。これが健太なのだろう。

 健太は土を掻いていた。そのあたりは最近、掘り起こされたような跡があった。

 何か異様なものを感じた。

 僕は躊躇なく、無線電話で西新宿署に電話した。

 オペレーターが出た。

「こちらは千人町交番所長鏡京介と言います。今、西新宿公園の東側の林にいます。最近、掘り返された跡があり、何かが埋められているようなのです。鑑識を呼んでください」と言った。

「ちょっと、お待ちください。鑑識に繋ぎます」とオペレーターは言った。

 鑑識に繋がると、僕は身分と氏名を言った後に、さっきオペレーターに説明したことを繰り返した。すると、鑑識は「現場保存を優先してください。すぐ行きます」と言って無線電話は切れた。

 僕は犬を抱き上げると、他に人がいないか確認した。

 それから十分ほどして鑑識の車から無線電話が入った。

「どのあたりですか」と訊いてきたので、僕は位置と目印になるような木を伝えた。すると、程なく鑑識車がやって来て、三人が降りてきた。二人はスコップを持っていた。

「ここです」と僕は掘り返された跡のある場所を言うと、「下がっていてください」と言われた。

 それから、現場の写真を何枚か撮った後で、二人がそこをスコップで掘り起こしていった。そして、一人が手を振った。

 僕の側にいた人は「ここを立入禁止にします」と言った。

「何か出たんですか」と訊いた。

「今は何とも言えません」と彼は答えた。

 僕はまず、その場を離れて、健太を飼い主に返しに行った。返す時、記念写真だと言って、携帯で一枚写真を撮らせてもらった。何が出るにしろ、第一発見者は健太なのだから。

 もう一度、林に戻ると、応援の鑑識が来ていた。

「何が出たんですか」と僕は近くにいた鑑識の者に訊いた。

 彼は「男性の遺体です。五十代ぐらいだろうと思われます」と言った。

 西新宿署の捜査一課の者たちが来た。しかし、鑑識が優先なので、現場には入れなかった。そこで、さっきの者に状況を聞いていた。

 僕は所在がなくなったので、交番に戻った。

 僕は日誌に捜し物が見つかったことと、西新宿公園の東側の林の中に最近掘り返された跡が見つかったので鑑識を呼んだこと、五十代の男性の遺体が発見されたことを書き込んだ。

 その時、行方不明になっている石井和義の妻、繁子が交番を訪ねてきた。

「夫はまだ見つからないんですか」と言った。

 僕はさっき、西新宿公園で見つかった男性の遺体のことが頭を過った。年齢は合っていた。だが、口では「八方手を尽くしているんですが、まだ見つからないんです」と答えていた。

「そうですか」と肩を落として、「それでは、よろしくお願いします」と言って、彼女は帰っていった。

 さっき、捜査一課が来ていたことが気になった。捜査一課が出てくるということは殺人なのかも知れなかった。西新宿公園の林の中に埋められていたのだ。殺人の可能性が高かった。

 

 水曜日は午後五時で交代だった。十分前に北村孝夫巡査が来たので、引継ぎのために、今日あったことを話した。

 北村は「五十代といえば、あの行方不明者になっている石井和義とぴったりじゃあありませんか」と言った。

「ちょうど奥さんが交番に来ていて、話しづらくて仕方がなかったですよ。違っていればいいんですけれどね」と僕は言った。

「まぁ、そうですね」と北村も言った。

 僕は署に戻り、今日の報告をすると、制服を着替えて署を後にした。

 

 家に戻ると、きくとききょうと京一郎が出迎えてくれた。

 着替えをきくに手伝ってもらった後、「少し一人にしてくれ」と言った。

 そして机の引出しからひょうたんを取り出した。

 時間を止めた。

 ひょうたんを叩いた。

 あやめの声がした。

「あやめ、亡くなった人の霊気を感じ取ることができるか」と訊いた。

「場合によります。その人が成仏せずに霊気が残るということは、何か良くないことか、やり残したことがある場合です」

「ここから、西新宿公園の東側の林の霊気を感じ取ることはできるか」

「沢山の雑音の中から、音を聞き分けろと言っているのと同じことです。近くに行けば感じ取ることができるかも知れません」

「じゃあ、明日の夜、行ってみることにする」

「わかりました」

 そこで時間を動かし、ひょうたんを机の引出しにしまった。