小説「僕が、剣道ですか? 4」


 次の日は、朝餉が運ばれてきたと言うので起きた。
 布団をたたみ、食膳を部屋に入れたところで、僕は外に干してあった着物を着て、顔を洗いに行った。着物は乾いていた。
 朝餉は、やはりいつもより多めに食べた。
 食べ終わった後、眠くなったので、きくの膝を枕代わりにして眠った。
「京介様、京介様」ときくが揺り起こした。
「検視の方が、下にお見えになっているの」と言った。
「今何時頃だ」と訊くと、「巳の刻(午前九時)を過ぎた頃です」と答えた。
「分かった」
 僕は起き上がると、刀を二本腰に差して、一階に下りていった。
 昨日の下っ端の役人がいた。
「朝からどうも」と言った。
「検視か」と訊くと「そうです」と答えた。
 草履を履いて外に出ると、馬に乗った役人とその手綱を持っている役人の他に二名がいた。
 馬に乗った役人が「目付の高科十兵衛だ。検視に立ち会うことになった。そちが鏡京介とか申す者だな」と言った。
「そうです」と答えた。
「そちが倒したそうじゃな」
「はい」
「では、同行して検視に立ち会え」
「分かりました」
 僕は馬に乗った役人に付いていった。馬に乗っているだけに早かった。他の者も歩きだったので、付いていくのがやっとだった。
 お昼には、古寺に着いた。高科十兵衛は供の役人に、「死体を庭に運び出し、確認しろ」と命じた。下っ端の役人にも「お前も行け」と言った。
 僕は寺の湧き水を飲んだ。歩き通しでやっと休めた。
 高科十兵衛が馬から下りてきて、僕の前に立ち、「おぬしはどこで剣を習った」と訊いた。
「どこでというわけではありませんが、地元の道場で小野派一刀流を習いました」と答えた。
「地元はどこじゃ」と訊くので、「高潮藩の海沿いの村です」と答えた。もちろん、でたらめだった。
「白鶴藩の家老の屋敷にいたと聞いておるが、まことか」
「本当です。今、白鶴藩の家老の屋敷に手紙を出し、その返事を待っているところです」
「なるほど。で、今は高木屋に逗留しているのだな」
「そうです」
 そうこう話をしている間に「死体を運び出しました」と言う役人の声がした。
「わかった。今、行く」と高科十兵衛は言った。
 古寺の庭には、二十三の死体が並んでいた。二十三? 僕はおや? っと思った。死体は二十四のはずだった。確かに昨日、斬ったのは二十四人だった。二十三のはずがない。
 高科十兵衛は懐から人相書きを取り出して、死体を一人一人検分していった。そして、筆を取り出して、携帯用の墨壺に筆を付けて、死んでいる者には×印を付けていった。
 検視は半時で終わった。
 首領がいなかった。
「首領がいないようだな」と高科十兵衛が言った。
「そんなはずがありません。確かに斬りました」と僕は言った。
 しかし、「この他にはいません」と言う役人の声が聞こえてきた。
 高科十兵衛は「おぬしは確かに切ったのかも知れないが、傷が浅かったのだろう。どこかに逃げたのに違いない」と言った後、大きな声で、「このあたりに他に切られた者がいないか捜せ」と命じた。これは僕を欺くためだったろう。
 しばらくして「やはりいません」と言う声が返ってきた。
「よし、戻ってこい」と高科十兵衛は言った。
「首領は逃げたようだが、盗賊のほとんどはこうして斬られている。もう、盗みはやれないだろう」と高科十兵衛は言った。
 僕は黙って頷くしかなかった。
「誰か馬車を借りてこい。近くの番所まで死体を運ぶんだ」と高科十兵衛は言った。
 役人たちは馬車を借りに行った。
 馬車は近くの農家から借りてきた。四台あった。農民も連れてきた。
 四台の馬車に二十三人もの死体を乗せた。
 馬車は農民に手綱を引かれてゆっくりと動き出した。
 近くの番所まで二里あった。
 着いたのは、午後四時頃だったろう。そこの番所の庭に死体が並べられた。
 番所にいた役人は驚いた。
 目付の高科十兵衛は、そこの役人に何か話をした。
 役人は「わかりました」と言った。
 それから、高科十兵衛と彼が連れてきた役人と、下っ端の役人は中越宿にある番所に向かった。
 午後六時頃、番所に着いた。
 高科十兵衛はそこにいた役人とも話をした。その後で、「今日は一日ご苦労であった。後日、褒美を取らせる。迎えの者を出すので、この番所まで来るように」と言った。
 僕は「はは」と言って頭を下げた。
 そして、番所を出ると宿に戻った。

 二階の部屋に入ると、きくが「心配しました」と言った。
 夕餉まで、少しだけ時間があったので、先に銭湯に行くことにした。
 湯に半身浸かりながら考えた。今日の様子からして、あの目付の高科十兵衛という男が首領の首を自分の手柄にしたことは間違いなかった。何しろ十両首だ。自分は何もしないで十両も手に入るのだから、こんな結構なことはない。ここは若鷺藩だから、こちらが騒ぎ立てることもできない。それを計算の上でのことだろう。
 残りの懸賞金、二十八両貰えれば、大人しく出て行くものと思っているのだろう。
 悔しいがここで騒動を起こすわけにも行かないから、黙ってこの藩を出て行くしかなかった。
 銭湯から戻ると、夕餉の準備ができていた。
 僕は銭湯で洗ってきた肌着とトランクスとタオルと、使ったバスタオルを外の掛け竿に干すと、膳の前に座った。
 相変わらず、ご飯と味噌汁と焼き魚に漬物だけだった。きくは美味しそうに食べていたが、僕は肉が食いたくてしょうがなかった。ない物はないので、あるおかずでご飯を思い切り食べた。
 昼に蕎麦屋に出かけ蕎麦を食べた後、番所の下っ端の役人が呼びに来た。
 番所に行ってみると、役人から懸賞金だと言って、二十七両渡された。
「あのう、懸賞金は二十八両ではありませんか」と訊くと、その役人は「一両は昨日の馬車代に使った」と答えた。
「そうですか」と言うしかなかった。
 二十七両を受け取り、台帳に受取の署名をすると、番所を出た。確かに馬車代は必要だろうが、それは番所の経費から出るだろう。あの役人も一両かすめ取った、という思いが込み上げて来た。

 宿に帰って、二十七両をきくに渡すと「凄いですね」と言った。
 銭湯に行き、夕餉を食べて眠った。