小説「僕が、剣道ですか? 4」


 旅籠に風呂がなかったので、通りの向こうの銭湯に入りに行くしかなかった。銭湯は半身浴だった。荷物が取られるのが、心配だったので、交代で入りに行くことにした。
 僕が先に入ることにした。銭湯代と着替えの肌着とトランクスとタオルを持って行った。混浴だったのには驚いた。着てきた肌着とトランクスは、風呂場で洗った。
 銭湯から出ると、きくとききょうと交代した。
 部屋に戻ると、洗ってきた肌着とトランクスと濡れたタオルをどこに干していいのか、分からなかった。山側の障子戸を開けると、上に掛け竿があったので、そこに掛けた。
 しばらくすると、きくとききょうも銭湯から戻ってきた。バスタオルとタオルを掛け竿に掛けた。ききょうは紙おむつがなくなったので、厚めのタオルをおむつ代わりにし、その上からおむつカバーをした。紙おむつはビニール袋に入れて結んで、銭湯の屑籠に捨ててきたときくが言った。
 夕餉前に、きくは旅籠の庖厨を借りて、お湯で哺乳瓶と乳首を消毒し、菜箸でそれをガーゼに取り、新しいタオルに包んで部屋まで持ってきた。
 夕餉はご飯に大根の味噌汁、それに焼き鮭だった。きくは皿にご飯を少し取り、お湯を掛けてスプーンで潰して、それをききょうに食べさせた。ききょうはよく食べた。
 僕もご飯はおかわりをした。
 夕餉が終わると布団を敷いた。昨日はござの上で眠ったので、今日はぐっすりと眠れた。

 朝は午前七時ぐらいに起きたのだろう。
 顔を洗うと、すぐ朝餉になった。
 ご飯と豆腐の味噌汁と漬物だけだった。ききょうは昨日と同じように皿にご飯を入れたものに湯を少し掛け潰したものを食べた。豆腐も潰して、冷ましたものを口にした。
 食後、きくはタオルで包んだ哺乳瓶にキューブミルクを五個入れると庖厨に行き、湯を哺乳瓶に入れ乳首蓋とその上から被せるキャップをし、部屋に戻ってきた。そして哺乳瓶をタオルで包んだまま振ってミルクを湯に溶かした。
「体温と同じくらいになったら飲ませるわ」と言った。
 僕はすることがなく、窓から山と川を見ていた。
 頭の上にあったタオルを触ってみると乾いていた。
 立ち上がって、干した物を取り込んだ。そして大きなナップサックに詰めた。
 オーバーコートとシューズはしまうところがなかった。シューズはビニール袋に入れて、オーバーコートに包んだ。オーバーコートは風呂敷に包んだ。
 宿場町を散歩してみるか、ということになり、「いいですね」ときくが言うから、出かけることにした。オーバーコートを風呂敷で包んだ物は持って行くことが出来ないので、布団の間に隠した。
 昨日買った草履を履いて外に出た。
 初夏だったので、暑かった。
 きくはききょうをおんぶして、前には小さなナップサックを掛けていた。僕は、背中に大きなナップサックを背負い、肩からはショルダーバッグを提げていた。まるっきりの旅行者の格好だったが、周りは大きな風呂敷を背負ったりしていたので、ナップサックやショルダーバッグは目立った。
 そこで道具屋に入り、再び、風呂敷を買うことにした。今度は大きな風呂敷を二枚、少し小さな風呂敷を一枚買った。代金を十文支払い外に出ると、日差しが強かった。
 歩いている内に昼頃になったので、蕎麦屋に入った。ざるそばを二人前頼んだ。
 ナップサックを下ろし、中のものを風呂敷に包んでみた。大きな風呂敷を買ったつもりだったが、小さなナップサックの方は何とか全部入ったが、大きなナップサックの方の物は入りきらなかった。入りきらなかった物は小さな風呂敷に包んだ。結局ショルダーバッグの分はどこにも入れられなかった。小さな風呂敷分だけ荷物の数が増えたが、それはショルダーバッグに結んで持ち運ぶことにした。シュルダーバッグは小さな風呂敷に隠れて見えにくくなった。
 蕎麦屋で、哺乳瓶を取り出し、ミルクをききょうに飲ませた。僕の背に隠れるようにして飲ませていたから、哺乳瓶から飲ませているとは思われなかっただろう。
 宿場町は縦長で、縦方向に二キロメートルほど、横に一キロメートルほどの広さだった。一日歩けば、一通り歩ける広さだった。
 日が沈む前に宿に帰り、順番に銭湯に入りに行った。
 夕餉は、ご飯に、茄子の味噌汁、そして漬物だった。皿にご飯を入れ、少し湯を掛けて潰した物をききょうに食べさせた。ききょうもよく食べるようになった。今日はおかわりをした。
 僕もご飯を大盛り二杯食べた。
 夜のきくは激しかった。襖一枚の隣に、旅人が寝ているのだから、声を上げさせないように手で口を塞いだ。それでも漏れる声は聞こえただろう。きくは階下に下りて、井戸でタオルを濡らして、僕を拭いてくれた。それから自分もタオルで拭くと、また井戸に下りていってタオルを洗い、窓の外の竹竿に掛けた。
 夜は更けていった。僕はいつの間にか眠っていた。