小説「僕が、剣道ですか? 4」


 宿場町への行き方は教わった。その方向に向かって、道を歩いた。
 途中、腹が減ったので、もらったおにぎりを食べた。おにぎりを食べると、水が飲みたくなる。近くに人家は見えなかった。右手は山だった。山なら湧き水もあるかと思い、ショルダーバッグの中から折たたみナイフを取り出して、きくとききょうを残して、山に向かう道を走った。山を登るとすぐに湧き水の出ている場所を見付けた。僕は手で掬ってたらふく飲んだ。きくにも飲ませたいと思って、周りを見ると、竹藪が見付かった。太い竹を選んでナイフで切り倒した。そして、ナイフで竹一節を切り出すと、中にくずが入らないように、上に向けて、下から、竹の節のところに穴を空ける。そして、残った竹を切り栓を作ると、差し込んでみた。上手く入らないので削り直した。今度は上手く入った。
 その竹水筒を湧き水のところに持っていき、中を洗って、水をいっぱいに入れた。そして、栓をしてきくとききょうのところに帰った。
 きくはききょうに乳をあげているところだった。
 僕はきくに竹水筒を渡した。きくは栓を抜いて、中の水を飲んだ。
「美味しいです」と言った。
 僕はまた湧き水まで走って、竹水筒をいっぱいにして帰ってきた。
 それから歩いて、正午頃に、宿場町に着いた。
 蕎麦屋に入って、かけ蕎麦を二つ頼んだ。
 そこで井戸を借りて、ききょうの哺乳瓶を洗い、新しいタオルで拭った。そして哺乳瓶にキューブミルクを五個入れて、お湯をもらい、二〇〇ミリリットルのミルクを作った。哺乳瓶は熱かったので、井戸の水で冷やした、
 その間に、蕎麦ができてきたので、僕が先に食べ、ききょうを僕が抱いている間にきくが蕎麦を食べた。
 亭主に「ここはどこですか」と訊くと、「大山道の中越宿だよ」と答えるので、「何藩でしょう」と重ねて訊いた。亭主はそんなことも知らないのかという顔をしたが、「若鷺藩だよ」と答えてくれた。
「良い宿を知りませんか」と尋ねると「高木屋だね」と言った。
「ここの斜向かいにある宿だ。このあたりでは一番だね」と言った。
 蕎麦を食べ終わると、三十二文を払って、店を出た。
 斜向かいに「高木屋」という看板を出している旅籠があった。そこにきくとききょうとで入って行った。
 番頭が出て来て、「お泊まりですか」と訊くので「ええ、泊まらせてもらいます」と答えると、「一泊二食付きで一人三百文ですがよろしいですか」と言うので、「それでいい」と答えた。
「相部屋ではないよね」と訊くと、「ええ、赤ちゃん連れなんで個室にお通しします」と言った。
「取りあえず部屋に上がらせてもらおう」と言うと「先払いでお願いできますか」と番頭が言った。
「分かった」と僕が言って、巾着から六百文出して、番頭に渡した。番頭は帳場に行き、宿泊代をそこにいた者に渡すと戻ってきて「こちらでございます」と二階に上がっていった。僕はシューズだったので脱ぐとそれを持って、番頭の後をついていった。きくはききょうを抱いて僕の後ろについて来た。
 連れられていったのは、二階の奥の部屋だった。片側は窓になっていて、もう一方は襖だった。障子戸を開けて中に入った。八畳の部屋だった。
 廊下側ではない、反対側の障子を開けると、山が見えた。下には川が流れていた。
 いい部屋だった。
 僕は番頭に「いい部屋だ」と言った後に「このあたりに道具屋はありませんか」と訊いた。
「いろいろな物を売っている店はあるので、このあたりを見てきたらどうですか」と言われた。
「ところで、白鶴藩に手紙を出したいんだが、どうすればいいかな」と訊いた。
「白鶴藩を通る商人に託すのが、手っ取り早いと思いますよ」
「白鳥藩に行く者が、この宿に泊まっていないかな」と訊くと、「さぁ、他の者に訊いてみますけれど」と言ったきりだった。
「分かった。いたら教えてくれ」と頼んだ。番頭は部屋から出て行った。
 きくは乳を出して、ききょうに飲ませようとしていた。
「さっき作ったミルクはどうした」と訊くと、「まだ冷めていないの」と答えた。赤ちゃん用の水の入った五百CCのペットボトルは一本だけ持ってきたが、いざという時のためになるべくとっておくようにしたのだ。
「そうか」と言いながら、僕はこれからどうするかを考えていた。シューズじゃあまずいだろうから、草履が必要だった。それから刀も買わなければならなかった。
 ききょうが乳を飲み終えたので、店を見て回ろうと思った。
 荷物は大切な物ばかりだったので、置いていくことは出来なかった。大小のナップサックとショルダーバッグに詰めて、出かけることにした。
 まず草履屋に入って、裏付き草履の安い物を三十六文で買った。それから、質屋に行って、質流れの安物の刀を探したが、本差で一番安い物でも十両すると言う。とても手が出ないので、刀を買うことは諦めた。
 道具屋で風呂敷を二文で買った。
 そして、旅籠に戻った。部屋に入ると、きくはききょうにミルクを与えた。
 その時、番頭が上がってきて、「白鶴藩を通ると言う行商人が来ています」と言ってきた。僕は番頭と一緒に駆け下りていった。
 店先に座っていた。その行商人は「ここに届け物があるんで寄ったんだ。すぐ、次の宿場まで行かなきゃならない」と言った。
「少しも待っていて貰えまいか。手紙を届けて貰いたいんだ」と僕は頼んだ。
「どこだ」
「白鶴藩の家老屋敷だ」と言うと「良いだろう。だけれど、早くしてくれよ」と言った。
 僕は番頭に硯と墨と筆と紙を持ってきてもらい、その場で手紙を書いた。
『白鶴藩家老島田源之助殿または島田源太郎殿 鏡京介です。ご無沙汰しています。至急、お願いがあります。白鶴藩に戻りたいので、通行手形をお送りください。きくとききょうの分もお願いします。驚くかも知れませんが、神隠しに遭い、年齢、人相、風体は、お別れしたとき、つまり、五年前とほぼ同じです。今、若鷺藩大山道中越宿高木屋という旅籠に宿泊しています。よろしくお願いします』
 そう書いて、手紙を畳み、紙で包んで、その宛先として「白鶴藩家老島田源之助殿または島田源太郎殿」と書いた。それを行商人に渡した。
「ただではご免ですよ」と言った。
「いくらだ」
「三百文、いや四百文」と言った。
「ちょっと待て」と僕は言って、別の紙に『この手紙を渡した者に三百文、お支払いください』と書いて、その行商人に見せ、僕は巾着から三百文を出して、その行商人に渡した。
「これでいいだろう。ちゃんと届ければ、六百文になる。向こうに着くまでどれくらいかかる」と訊いた。
「そうですね、行商しながら歩いていますから、六日といったところですかね」と答えた。
「届け場所は分かるな」
「家老屋敷なら、人に訊けばわかりますよ」
「ちゃんと届けろよ」
「へぃ、わかりやした。ちゃんと届けますよ」と言って、出て行った。
 これで、通行手形が届くまでここで逗留することになった。行商人が向こうに着くまでに六日かかり、それから使い者がここに来るまで四日かかるとして十日ほどは滞在しなくてはならなくなった。
 気長に待つしかないと思った。