小説「僕が、剣道ですか? 3」

十九
 黒金不動産は高橋宏をつけていった時に見た会社だった。
 場所は分かっている。しかし、まともな会社じゃないことも分かっている。沙由理は僕を陥れようとした女だ。ほっとけばいい、と思った。
 このまま、何もかも忘れて家に帰ればそれで済む話だ。だが、放ってはおけなかった。
 黒金不動産の前に立った。ドアをノックした。と同時に、携帯での録音を始めた。
 中からガラの悪い男が顔を出した。
「誰だ、お前」と言った。
「鏡京介と言います」
「何」とその男は気色ばんだ。
「沙由理って言う女の子、知りませんか」
「沙由理だって」
「そうです。沙由理です」
「おい、虎。いつまでしゃべってんだ。追い返せ」と中から声がした。
「へい、でもこいつ、沙由理を捜してるようなんです」
「何だと。連れてこい」と中の男が言った。
「入れ」とガラの悪い男が言った。
 僕が中に入ると、ドアのところにその男が立った。僕が逃げ出さないようにするためだろう。
「見ての通り、沙由理なんて女はいないだろう」と机に座っている男が言った。
 奥の部屋が目に入った。
「あの奥の部屋を見せてもらってもいいですか」と僕は言った。
「おい、図々しいのにもほどがあるぞ。もう帰んな」
「奥の部屋を見せてもらったら帰ります」と僕は言った。
「わからん奴だな、痛い目に会う前に帰んな」
「そうはいかないんですよ。ほんのちょっとだけでいいんです。奥の部屋を見せてください」と僕は粘った。
 後ろにいたガラの悪い男が「お前もわからん奴だな。帰れって言ったら帰れ」と言った。
「お願いします」と僕は頭を下げた。
 デクスに座っていた男は、くいっと首を捻った。やれ、っという合図だ。
 ガラの悪い男が拳で殴ろうとした。
 その前に、ナックルダスターを嵌めている僕の右手が、その男の腹に深くめり込んだ。男は白目を剥いて、跪いた。
 僕は中に進んだ。デスクに座っていた男が立った。
「ふざけるなよ」と怒鳴った。
「ふざけちゃいませんよ」
「黒金組を嘗めてんのか」
「ここは会社でしょ、合法的な」
「おい、こら」
「だから、奥の部屋を見せてくれればいいんですよ」
「こいつに社会の理を教えてやってくれ」とデスクの男が言うと、ズボンを上げながら、奥の部屋から、図体のでかい男が出てきた。
 そいつがゆっくりとこっちに向かって歩いてきた。
「こいつの方が可愛い顔をしているな」と図体のでかい男が言った。
「ははは、こいつは両刀遣いなんでな。男も好きなんだよ」とデスクの男が言った。
「可愛がりがいのある奴だぜ」と図体のでかい男が言った。
「どうも」と僕は言って、そいつの腹を思い切り殴った。固い鉄板を殴ったような感じだった。
「へぇー、ナックルダスターか。洒落た物を使ってんな。そんなんじゃ、効かないぜ」と図体のでかい男が言った。
「今度はこっちが行くぜ」
 図体のでかい男はでかい拳を突き出してきた。それを間一髪のところでかわした。しかし、ナックルダスターが効かないとなると打つ手がなかった。僕はじりじりと後ずさりをした。また、拳が突き出された。これもかわすのがやっとだった。
 入口の受付のところにペン立てがあった。僕は下がりながら、ボールペンを手にした。
「そんなもんで何ができる」
 図体のでかい男はまたもでかい拳を突き出してきた。僕はそれを避けながら、そいつの腕にボールペンを突き刺した。ボールペンはそいつの腕に完全に突き刺さり、先が反対側から見えていた。ウォーと言って転がるそいつの頭を安全靴の先で、思い切り蹴った。蹴って蹴って蹴りまくった。
 ついにそいつはダウンした。
 デスクに座っていた男の顔が変わった。
 彼の前に行って、「さぁ、奥の部屋を見せてもらいますよ」と僕は言った。
 受話器を取ってどこかに電話をしようとした。僕はそいつの顔をナックルダスターで思い切り殴った。顎の骨の折れる感触がした。
 奥のドアを開けた。そこには、無残な沙由理の姿があった。裸の躰を縮めて泣いていた。沙由理には悪かったが、これも証拠になると思ったので、沙由理に気付かれないように携帯で写真を数枚撮った。その後で、僕はオーバーコートを脱いで、沙由理に被せた。
 そして、立ち上がらせた。その時、携帯の録音を止めた。
 黒金不動産から出たものの、このままどうするか考えた。警察を呼ぶかどうかだった。沙由理に訊いた。
「警察はいや」と答えた。
 しかし、暴行されているので、このまま帰宅させるわけにも行かず、タクシーで近くの病院に行った。そこの産婦人科で検査を受けた。膣内に裂傷を負っていた。中出しもされていた。病院側の判断で警察に連絡が行った。警察がやってきて、沙由理にも僕にも事情を聞いた。僕はデート中に襲われて、彼女が黒金不動産に連れ込まれたのを見たので、助け出したのだと言った。沙由理は何て話したかは知らなかった。沙由理が話したくなった時、聞けばいいことだと思った。
 ガラの悪い男を殴ったことなどは、警察には話さなかった。おそらく向こうも面子があるから本当のことは言わないだろう。しかし、沙由理を暴行したことは認めざるを得ないだろう。
 警察から、沙由理の両親に連絡が行き、母親が迎えに来た。沙由理が遠藤という名字だということをここで初めて知った。
 沙由理の母親が僕に「ありがとうございました」と言って、沙由理を連れて行った。
 沙由理は僕の方を一度も見なかった。
 とんだクリスマス・デートだった。