小説「僕が、剣道ですか? 3」

十八
 土曜日は特に何事もなかった。
 日曜日はクリスマス・イブだったから沙由理からデートの誘いがあった。当然、きくは機嫌が悪かった。そのきくを残して、新宿のとある百貨店で会う約束をした。
 午前十時に沙由理と落ち合うと、その百貨店の開店と同時に、目的の売り場に向かって行き、ベージュと紺のリバーシブルのオーバーコートを買った。
 その後、少し早かったが、フレンチ・レストランで昼食をとった。
 夜のことも考えてか、沙由理は軽めのランチを頼んだ。僕はサーロイン・ステーキを食べた。
 食べている時に、「,ねぇ、今日はクリスマス・イブでしょ。夜も付き合ってくれるでしょう」と言われた。
「どうしようかな」
 僕は考えた。沙由理を試すチャンスかも知れない。
「そうだな、いいよ」
 沙由理は喜んだ。
 沙由理は鞄から携帯を取り出した。
「どこにかけるんだよ」と僕が訊くと、「予約を入れるの。今日はイブでしょ。予約しておかないと入れないかも知れないから」と言った。
 一軒目は駄目だったようだ。二軒目に電話した。沙由理は指でOKのサインを出した。
「五時から二時間ならいいですって。他の時間は駄目みたい」と言った。
「そう」
「それまでどうする」と沙由理が言うから、「カラオケでも行こうか」と言うと「いいわね」と答えた。
 店を出ると、町にはサンタやピエロなど、いろいろな格好をした人がいっぱいいた。
 歩いていると、サンタの男にぶつかりそうになって避けると、スタンガンを押しつけてきた。スイッチを押す瞬間、躰を離したが気付かれなかっただろう。そのまま感電したフリをしてぐったりと道ばたに崩れ落ちた。沙由理は別の男に腕を掴まれていた。ライトバンが来て、僕は二人がかりで車の後ろに乗せられた。後ろ手にされ、手首のあたりをガムテープで何重にも縛られた。足首も同じようにされた。
 拳を作って少し隙間を空けておいたから、手首のガムテープは何度か手首を捻ったら抜けた。相手に気付かれないようにポケットから折りたたみナイフを取り出して、手首と足首のガムテープに切り込みを入れた後、左の靴の内側に差し込んだ。靴の丈が長いから、ナイフは見えないはずだ。それから携帯を出して、録音状態にした。携帯は皮ジャンパーの前のポケットに入れ、ジッパーを閉めた。
 どこかのガレージに車は入って行った。
 僕は両脇を二人に支えられて、ガレージの床に転がされた。
 車のライトに照らされた。
 金属バットを持った奴が、僕の頬をバットで叩いて、「おい、起きろよ」と言った。
 僕は初めて目覚めたように、目を細めた。そして、自分が身動きできないということがわかったフリをした。
「ここはどこだ」
「どこでもいいじゃねえか、鏡京介さんよ」と金属バットの男が言った。
「誰だ」
「誰でもいいだろ、鏡京介さんよ」
「何故、僕の名を知っている」
「おやおや、やっぱり鏡京介だったのかよ」
「僕に何か用があるのか」
 相手はゲラゲラと笑い出した。
「おい、何か用があるのか、だってさ」
 別の奴が「大ありだよ」と言った。
「お前さん、派手にやってくれたよな」
「こっちは随分とやられてんだぜ」と金属バットの男が言った。
「割が合わねえよな」と別の男が言った。
「おい、お前ら、金属バットを持ちな」と金属バットの男が言った。
「へい」と言う声が何人も聞こえた。
 金属バットがコンクリートの床を擦る音が幾つも聞こえた。
「頭は殴るなよ。死んだらやっかいだからな。それ以外なら、どこでもぶっ叩いていいぜ」と最初に金属バットを持っていた男が言った。
 一斉に金属バットが振り下ろされた。
 僕は躰を転がして最初の一打は避けた。そして、避けながら、手首と足首のガムテープを切った。
 二打目が振り下ろされた時に、近くにいた奴の金属バットを奪い取った。そして、そいつの腕を叩き折った。
「野郎」と言う声がガレージに木霊した。
 金属バットを振り回してくる奴の足を狙って、片っ端から叩き折っていった。四人はやっつけたはずだ。
 だが、まだかなりの数の奴らがいた。ライトに照らされて良くは見えないが、十人以上はいる。
 ライトバンの陰に隠れた。ライトバンの後ろの席から、ショルダーバッグを取った。そして肩にかけた。
 ジャンパーからナックルダスターを取り出し、両手に嵌めた。そして、その上から皮手袋をした。ナックルダスターを持っていることを知られたくはなかったのだ。
「そんな所に隠れていても、このガレージからは逃げ出せないぜ」
 そう、最初に金属バットを持っていた男が言った。こいつがヘッドなのだろう。
「もうすぐ、もっと仲間がやってくるからな。楽しみにしてな」
 僕はライトバンの運転席に行った。キーが刺さっていた。それを回してみた。エンジンがかかった。車を実際に運転したことはないが、ゲームでは運転したことがある。それと同じなら、動かせるはずだと思った。ギアを入れて、ライトバンのアクセルを踏んだ。しかし、タイヤが空回りして、動かない。サイドブレーキを下げると一気に車は走り出し、金属バットを持っていた連中の中に突っ込んでいった。何人かを跳ね飛ばして、壁に激突した。その少し前に僕は車から飛び降りていた。
 車が爆発して炎が噴き出した。
 呆然とつっ立っている奴らを、僕は片っ端から金属バットで殴り倒していった。
「止めてくれ」と言った奴には、「僕が止めてくれって言ったら、お前は止めたか」と言って、手の骨を折った。
 素早く倒した奴の服を探って、生徒手帳を見つけると、それを携帯で写真に撮った。
 倒した奴は十五人だった。
 意識のある奴に沙由理はどこに連れて行かれたんだ、と訊いた。ほとんどの者が「知らねえよ」と答えたが、一人だけ「黒金不動産だろう」と答えた。
 最初に金属バットを持っていた男は、車にはねられ大怪我を負っていた。
「高い代償だったな」とそいつには言った。
 パトカーと消防車のサイレンが聞こえてきた。
 僕はライトバンに残したものはないか、確かめてから、そのガレージを抜け出した。
 リバーシブルになっているオーバーコートをひっくり返して着て、集まってきた人混みに紛れてその場を去った。
 すぐそばを黒金高校の応援部隊が通り過ぎていった。