小説「僕が、剣道ですか? 3」

十七
 金曜日だった。今日は、お祖母ちゃんの入所金が支払われる日だった。
 その連絡を母は待っていた。午前十時頃、入金したという知らせが来た。これで一安心だった。後は、月曜日に入所するだけだった。入所する施設は市ヶ谷にあると言う。駅から十分ほどの所らしい。とすると、家から歩いて行けないわけでもないな、という思いもあった。
 僕はオーバーコートを着て高橋宏を追跡しようとしたが、いつも同じ服装だとばれる心配があったので、今は茶色のオーバーコートを着ているが、ベージュと紺のリバーシブルになるオーバーコートを買うことにした。
 新宿で買うつもりだったので、きくとききょうを連れて歩いていた。
 ききょうはすっかり乳母車になれた。
 すると、目の前を高橋が歩いているのを見つけた。高橋はこちらに気付いてはいなかった。僕は高橋に気付かれないようにつけた。
「どこに行くんですか」ときくが訊くので、「黙って付いてきてくれ」とだけ言った。
 高橋は家に帰るところだったようだ。高橋は黒金町の方に向かった。
 僕は逡巡した。きくとききょうを連れているからだった。だが、この機会を逃すわけにも行かなかった。とにかく分からないようにつけた。
 洋服店が途中にあったので、そこにきくとききょうを連れていき、椅子に座らせて、ここで待っているように言った。きくは「わかりました」と答えた。
 僕はすぐに店を出ると、高橋はまだそれほど遠くには行っていなかった。
 黒金町に入った。
 高橋はたむろしている仲間に声をかけては、どんどん先に進んでいく。
 たむろしている奴らの横を通る時は緊張したが、因縁をつけてくる様子がなかったのが幸いだった。
 そのうち、とある一軒家に高橋は入っていった。
 表札を見ると高橋と書いてある。僕は家の写真を携帯で撮った。ついに高橋の家を見つけた。表札を見ると、五人暮らしのようだった。
 取りあえず、高橋の家から離れると、早く洋服店に戻ろうとした。その時、さっきたむろしていた奴らに囲まれた。八人ほどいた。
「おい、ここに何の用があって来たんだ」と一人が言った。
「いや、ちょっと道を間違えたようで」と言ったが、「そんな嘘が通じると思うのか」と別の奴が言った。
「嘘じゃあ、ありませんよ。その路地で話しましょうよ」
 僕は敢えて、相手を路地に誘い込んだ。
「ほう、話しやすい所をよく知っているな」
「得物を出して見せてくれないかな」と僕は言った。
「何だと、こいつ」とそいつはいきがって見せた。
「こいつ、俺たちを狩っている奴じゃないんですかね」と誰かが言った。
「一人で何人もの仲間を痛い目にあわせてくれたという奴か」
「そうじゃあないかと」
「こんな、ひょろっとした奴が。そんな馬鹿な」
「でも、聞いている特徴には合ってますぜ」
 誰かが携帯を取り出した。僕は足元の石を拾った。そいつが携帯をかけようとした瞬間を狙って、石を投げた。腕を狙ったつもりだったが、携帯に当たって壊した。
「仲間を呼ばれては困るんでね」と僕は言った。
 それを聞いた奴らは、ナイフやらチェーンやら、転がっている鉄パイプを手にした。八人が揃ったところで、その写真を携帯で撮った。これはことさらに素早くやったので、相手は気付かなかったろう。
 僕はショルダーバッグを手にさげて、最初に向かってきた奴にそれをぶっつけた。顎のあたりに当たったようだ。運が悪ければ、顎の骨が砕けているだろう。顎を抱えるようにそいつは蹲った。次にチェーンを持った奴が、チェーンを叩き付けてきた。それを後ろに跳んでかわすと、チェーンを踏みつけて、上げた顔をショルダーバッグで殴った。首が妙な感じに捻れた。頸椎を痛めたのに違いない。
 ナイフを持っている奴が横から飛びかかってきた。ナイフを突き刺そうとしていた。
 僕はショルダーバッグの中から警棒を取り出すと、振って長くした。もう一度ナイフを突き出した時、そのナイフを避けて、警棒で右腕の骨を折った。
 後の五人は一斉に飛びかかってきた。しかし、体をずらして、それをかわすと一人一人、警棒で叩きのめしていった。
 全員倒すと、躰を探って生徒手帳を見つけた。それらを携帯で写真に撮った。そして、いつものようにクラウドストレージにアップロードした。

 きくを置いていった洋服店に入ると、きくは待っていてくれた。ホッとした。
 結構、長い時間を待たせたので、「気に入った服があるか」と訊いた。すると、パジャマを指さした。そうか、きくにはパジャマを買ってなかったんだ。眠るときには、母のお古を着せていた。
 店員にきくに合うサイズのパジャマを選んでもらって着せてみた。似合っていたので、別のタイプの物と二着買った。代金はクレジットカードで支払った。

 家に帰った。
 自分の部屋に行き、ベッドに寝転がった。
 高橋宏の家は分かったが、分かったところでどうにかなるものでもなかった。
 相手にも生活があり、五人家族で暮らしているということが分かったのに過ぎない。
 そう考えてくると、これまで倒してきた黒金高校の生徒にも生活はあり、家族がいるということだ。僕はあまりにもそのことを考えてこなかったのではないか、と思った。
 できればこんな争いは収束したい。
 しかし、その方法が分からなかった。