小説「僕が、剣道ですか? 3」

二-2

 父はすぐに玄関の方に行った。
「いませんか」と中から声がした。
「もう、いない」
「では開けてください」
 僕は戸を開けた。
「この後、どうしたらいいのかわからないんです」
 僕は「ここを見て」と二連になっているトイレットペーパーのホルダーを指さした。
「ここからこうして紙を取り出すんだ」
 二枚重ねのトイレットペーパーを引っ張り出して、四つ折りにした。
「それで、またを拭くんだ」と言った。
「拭くんですか」
「そうだ」
「わかりました」
 僕はいったん、外に出た。そしたらまた戸を叩く音がした。
「この後、どうするんですか」
「水を流すんだ」と言って、きくを立ち上がらせたら、トイレの中にトイレットペーパーがない。
「紙はどうしたんだ」と言うと、着物のたもとから取り出した。
「その紙をトイレに捨てるんだ」
「この中に捨てるんですか」
「そうだよ」
「もったいないです」
「それは拭くだけで、用済みなの。だから、捨てるんだよ」
「まだ、使えるのに」
「一度使った紙、これはトイレットペーパーというんだが、この紙は使ったら捨てるの。分かった」
「はい」
 きくは袂に入れていた紙をトイレの中に捨てた。
「そうしたら、このボタンを押すんだ」と、操作器の上部についている「大きい」と書いてあるボタンを押させた。大きい方をする時も困らないようにするために「小さい」と書いてある方を敢えて押さなかったのだ。
 すると、トイレの水が流れて、新しい水に満たされた。
 僕の家のトイレはウォシュレットだったが、使い方が分からないだろうと思ったから、最初は教えなかった。
 トイレを済ませたら、きくを裸にし、僕も裸になった。風呂場に入ると、かけ湯をして僕は風呂に浸かった。きくも入れよ、と言いたかったが、僕の家の風呂は小さかった。
 僕が出て、きくを風呂に入れた。
「初めてです。こういう風呂に入ったのは」
「だろうな」
 家老のところの風呂は、蒸し風呂のようだった。躰を洗う時だけ湯を使い、最後に上がり湯をかけて風呂から出た。
 きくの髪を解いて、シャンプーで洗った。きくはめったに髪を洗わないので、シャンプーで洗うことに驚いた。僕は指できくの髪をすくように洗った。最後はシャワーで流した。きくはシャワーを珍しがった。どうしてこんなに細かい水が出るのか、何度も僕に訊いた。
僕は説明するのが面倒だった。
 今度は、きくにスポンジを持たせて、背中を洗わせた。
「面白い」ときくは言った。時々、シャボン玉ができる。それを見て、きくがはしゃいだ。
 その時、「ここに着物を置いときますからね」と母がドアの外から言った。母の声には棘があった。若い男女が昼間から風呂に入って、騒いでいるのだ。それに何といっても僕は、まだ高校一年生だった。
「分かった。ありがとう」
 僕はそう言うしかなかった。後が大変だぞ、とは思った。
 きくはシャボン玉を作っては消すのが、楽しいようだった。それをしていたんでは、いつまで経っても切りがないので、僕は「出るぞ」と言った。
「はい」ときくが言うと、僕はシャワーで躰をもう一度流して、それからきくにもシャワーを浴びせた。
 僕は躰をバスタオルで拭くと、自分の下着を戸棚から探して身につけ、新しいシャツを着て、洗い立てのジーパンを穿いた。
 きくの躰もバスタオルで拭いた。
 きくは「これはどうしたらいいんでしょう」とショーツを見せた。
 僕は前と後ろを確認してから、きくに僕の肩に両手をかけさせて、「右足を上げて」、「そう」、「次は左足」というようにしてショーツを何とか穿かせた。
「なんだか変な感じ」ときくは言った。
 後は着物だったから、襦袢から着物まで、きくが自分で着た。きくの着た着物は派手だった。よそ行きには良いかも知れないが、普段着る着物ではなかった。