小説「僕が、剣道ですか? 3」

二-1
 家に着いた。
 カードキーで中に入った。
 僕の部屋から大きな声と赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
 僕は慌てて三階に上がった。
 僕の部屋を開けると、母と父が僕を見た。
 その後で、「京介」と言って、きくが立ち上がり、僕に抱きついてきた。
 まだびしょ濡れの着物を着ていた。
「どうしたんだよ。まだ着替えさせていなかったのか」
 僕は怒鳴った。
「その子が嫌がるんだもの。それより、お前、病院はどうしたの」
 母は驚いて訊いた。
「抜け出てきたに決まっているじゃないか」
 僕はそう言った。
「だって、先生が駄目だって言っていたじゃないの」
「僕は平気さ。それより、うちのことの方が心配だったんだ。早く着替えさせなくちゃ。それとお風呂、沸かしてくれている」
「ああ、やっておいた。もう沸いている」
「それなら、きくを風呂に入れなくちゃ」
「そうだな」
「お母さん、着物、持っている」と僕は訊いた。
「そりゃ、持っているわよ」
「喪服じゃないよ」
「わかっているわよ。振り袖の頃の物も取ってあるわよ」
「それを出してきてよ。きくに着せるんだ」
「わかったわ」と言って、母は納戸に入っていった。
「きく、震えているじゃないか。寒いだろう。風呂に入れ」
 きくの手を引くと、一階の風呂場まで連れて行った。脱衣所に来ると「きく、着物を脱げ」と言った。
 きくは「はい」と言って、着物を脱ぎだした。
「おい、京介。何、やっている」と父が言った。
「これからきくを風呂に入れるんだ」
「だったら、お前、こっちにこい」
「それじゃあ、どうやって風呂に入るか分からないだろう。教えてやる必要があるんだよ」
「どういうことなんだ」
「親父、あっちに行っててくれ」
「そうはいかんだろ」
「赤ん坊はどうしたんだよ。放っておく気かよ」
「それとこれとは……」
「頼むから、僕の言うとおりにしてくれ」
「脱ぎました」ときくが言った。
「そしたら……」と言いながら、僕は風呂場の戸を開けて「そこに入って」と言った。
 そして、僕も服を脱ぎ始めた。
「何をしてるんだ」
「服を脱いでいるんだよ」
「お前、正気か。中には女の子がいるんだぞ」
「分かっているよ」
「だったら」
「いつもこうしていたんだよ」
「どこで」
「一々、うるさいな、後で説明するから、今はほっといて」
 僕は服を脱ぐと、風呂場に入っていった。風呂には湯が張られていた。
「厠に行きたくなりました。どうしましょう」
「大きい方か」
「いいえ」
「ここでしちゃえ」
「恥ずかしいです」
「じゃあ、はばかりに行くか」
「はばかりに行きます」
 濡れた着物をもう一度着て、僕はトランクスと肌着姿で、隣のトイレを開けた。
「どうすればいいんですか」
 僕はトイレの蓋を開けた。そして、便座を指さして、「そこに座ればいいんだ」と言った。きくは便座の上に足をかけてしゃがもうとして苦労していた。
「馬鹿、そう座るんじゃない」
 僕はきくを便座から降ろすと、お尻を便座につくように座らせ、足を床につかせた。
「どうだ。この方が楽だろう」
「はい」
「それでしてみろ」
「…………」
「どうした」
「恥ずかしいです」
「分かったよ。出て行くよ。終わったら、この戸を叩くんだぞ。そうしたら開けるからな」
「わかりました」
 僕はトイレから出た。
「どうしたんだ」と父が口を出してきた。
「今、トイレに入っている」
「風呂は」
「これから」
 そのうちに、トイレの戸を叩く音がした。
 僕が開くと、後ろにいた父が見えたようで、「きゃー」と悲鳴を上げた。