小説「僕が、剣道ですか? 1」

二十二-2

 庭に出て真剣で素振りをした。
 切っ先が空間を切っていく感じが心地良かった。
 正眼の構えから下段に切っ先を落とし、下から切り上げてみた。どの切り方をしても相手には僕の剣は見えないだろう。と言って、わざと剣をゆっくり動かしても、本気では切り込めない。途中まで見えるように剣を動かし、切る瞬間だけ見えなくする方法はないだろうか、考えた。柴田錬三郎(一九一七(大正六)年三月二十六日­一九七八(昭和五十三)年六月三十日)が書いた『眠狂四郎』のような円月殺法でも真似てみようかという気にもなった。
 秘剣下弦の月とか、秘剣上弦の月とか言って、切れたらかっこいいなあ、なんて思っていた。それじゃあ、無神経か……と思っていたら、無心剣もいいかもと思えてきた。
 剣を鞘に収めて、床の間に置いたところに、きくが来たので、今日は少し早めに風呂に入りたいと言った。

 夕餉の席では、座敷に入らず廊下で家老が来るのを待っていた。
 家老の島田源之助が入ってきて、上席に座ると、「鏡殿、そんな所におらずにこちらに参れ」と言った。
 僕は頭を一度下げて、腰を低くしながら、下座に座った。
「御当家にお世話になっています」
 頭を下げてからそう言った。
 顔を上げると、家老は「聞いてはいたが、若いな。幾つだ」と訊いた。
「十七です」
「十七。そうは見えんなぁ。しかし、剣の腕は凄いらしいな」
「大したことはありません」
「盗賊を討伐したと聞いているぞ」
 僕が黙っていると、家老の嫡男島田源太郎が「そうなんですよ。でも、父上にもそうは見えないでしょう」と言った。
「確かに」
「彼には門弟が百人もいるんですよ」と源太郎が言った。
「ほう」
「曾祖父の残した道場を興したんですよ」
「それでか、随分と若い衆がいるなと思ったが」
「父上が城に入られてからどれくらいになりますか」
「一月半、いや、もう二ヶ月近くになるかな」
「お城の生活も窮屈でしょう。もう少し、屋敷の方に戻られてはどうですか」
「そうしたいところだが」
 家老がそう言うと、僕はつい「失礼ながら、お戻りになれない訳がございますのでしょう」と言ってしまった。
 家老は顔色を変えた。
「鏡殿、何か知っているのか」と尋ねられた。
「いいえ、何も。しかし、御家老が城にお留まりにならなければならないというのは、尋常じゃないと思いましたので申し上げました」
「まさか、幕府の間者じゃあるまいな」
「そのような者ではありません」
「源太郎、この者を信じてもいいのか。お前の目でどう見える」
「大丈夫でございます。この者は信頼がおけます」
「そうか。わしも焼きが回ったようだな。人を信じることができん」
「父上に限って、そんなことはありません」
「私は、この場にいない方が話しやすいでしょう。下がることにします」と僕は言った。
「鏡殿、少し待ってくれ。訊きたいことがある」
「何でしょう」
「目付や側用人の子弟で、いたずらをしている者たちがいるとして、おぬしならどうする」
「叱ればいいでしょう」
「子どもなら、それでいいかも知れないが、大人だったらどうする」
「お灸をすえるしかないでしょう」
「そのお灸をすえる者がいないとしたらどうする」
「分かりません」
「そうか。わからんか。引き留めて悪かった」
「失礼します」

 僕は自分の座敷に戻ってきた。
 きくがいた。
「どうでした」と訊いてきた。
「どうもこうもない。ご家老はよほど用心しているのだろう」
「そうなんですか」
「ああ、城内で何かが起こっている、そう思った」
「まぁ。それは何でしょうか」
「私にも分からない。ただ、これは誰にも言ってはならないよ」
「わかりました」
「疲れた、今日は早く休むとしよう」