小説「僕が、警察官ですか? 5」

十二
 葛西は北歌舞伎町二丁目のマンションに住んでいた。
 ドアホンを押すと、若い女が出てきた。
「警察の北川です。葛西さんはいますか」と北川が警察手帳を見せて言った。
「いないわよ」と女は言った。
「嘘ですよね」と僕が言った。女が寝乱れていたからだった。
「葛西さん、出てきてください」と僕は言った。
 奥から葛西がのっそりと出てきた。
「こんな時間に訪ねてくるなんて非常識だろう」と葛西は言った。
「お手間は取らせませんよ。神田小次郎の居場所を教えてもらいたいだけですから」と僕は言った。
「知っているはずがないじゃないか」と葛西は言った。
 僕は時間を止めて、ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。
「あやめ、こいつの頭の中を読んでくれ」と言った。
「わかりました」
 あやめは葛西の頭の中を読んでいた。しばらくして映像が流れてきた。
 スマホで電話をしていた。相手は神田小次郎だった。
「今日は明美のところに泊まる」と言っていた。神田が自分の居場所を葛西に伝えたのは、葛西が何かあったときの連絡役だったからだ。
 葛西の頭の中では、明美とは広瀬明美のことで、南大久保に住んでいた。広瀬明美の住所を読み取ると、僕は時間を動かした。
「そうですか。お邪魔をしました。もう結構です」と僕は言った。
「騒がせるんじゃねえよ」と葛西は言って、ドアを閉めた。
 北川は「ここまで来たわりにはやけにあっさりとしていますね」と言った。
「聞きたいことは聞いたからです」と僕は言った。
 北川は「何も聞いていなじゃないですか」と言った。
「南大久保に行きますよ」と僕は言った。
「えっ」と北川は驚いた。
 北川の車に乗って、南大久保に行った。
「このマンションだ」と僕が言うと、「ここにやつがいるんですか」と北川が訊いた。
「さぁ、どうでしょう。ただ、広瀬明美という女は、この六階の五号室に住んでいますよ」と僕は言った。
「広瀬明美が神田をかくまっているんですか」と北川が訊いた。
「それはどうか分かりませんが、昨夜は神田は広瀬明美のところに泊まっているはずなんですよ」と僕は答えた。
「どうしてそんなことがわかるんですか」北川が訊いた。
「まぁ、行ってみれば分かることですよ」と僕は答えた。

 広瀬明美の部屋のドアホンを北川が押した。
 しばらくして、三十歳ほどの女がドアを開けた。
 北川は警察手帳を見せて、「警察の北川です。ここに神田小次郎さんがいませんか」と訊いた。
 女に一瞬、間があった。そして、「いないわよ」と言った。
 僕も警察手帳を見せて、「鏡です。そんなはずはないんですよ。確かな情報からここに来たんですから」と言うと北川が僕の顔を見た。確かな情報って何のことだ、と言わんばかりだった。
 僕はドアの中に入って、「部屋を調べさせてもらってもいいですか」と訊いた。
「いいわけがないでしょう。令状はあるの」と言った。
「ないですよ」と僕は言った。
「だったら、お断りよ」と明美は言った。
 僕は時間を止めて、ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。
「ここに神田小次郎はいるか」と訊いた。
「奥の部屋にいます」とあやめは答えた。
 僕は時間を動かした。
「神田小次郎さんはいますよね。これは公務なので止めたら、あなたを公務執行妨害で捕まえますよ。そして、部屋の捜索をさせてもらいます」と僕は言った。
「刑事さん。無茶なことを言うな。そんなことで公務執行妨害になるか」と神田が出てきて言った。
「いるんなら、早く出てきてくださいよ」と僕は言った。
「ある事件の関係者に話を聞いているんです」と僕は続けた。
「ある事件とは何だ」と神田が訊いた。
「それは言えませんよ」と僕が言うと、「だったら話すことはないな」と神田が言った。
「ええ、話さなくてもいいですよ。髪の毛さえもらえれば」と僕は言った。
「髪の毛だと。薬でもやっていると思っているのか」
「やっているんですか」
「馬鹿を言え」
「だったら、髪の毛の提供ぐらいいいじゃないですか。それとも署に任意同行してもらいますか」
「わかったよ」と神田は頭から髪の毛を抜いた。
 僕はポケットからビニール袋を取り出して、それを中に入れた。このために予め用意していたのだ。
「ご協力ありがとうございました」
 僕は髪の毛をポケットにしまうとそう言った。
 僕が玄関を出ると、ドアが強く閉められた。
 北川が「案外、あっさりと髪の毛を抜いてくれましたね」と言った。
「五年前の事件の再捜査調査だとは思っていないからですよ」と僕は言った。
「そうなんですか」と北川が言った。
「ああいう奴はそんなもんですよ。さあ、毛髪を鑑識に回して鑑定してもらいましょう」
「そうですね」

 僕らは署に戻った。ビニール袋に入れた毛髪の鑑定結果は、明日出るという。
 北川が不思議がった。
「どうして神田の居場所がわかったんですか」
「葛西のところに聞き込みに行ったじゃないですか」
「でも、葛西は何も言いませんでしたよ」
「言ったも同じことですよ」
「広瀬明美のことはどうなんですか」
「葛西が教えてくれましたよ」
「えっ」
「予め神田小次郎の女関係を調べておいたのです。その中で広瀬明美が最も怪しかった。それだけです。後は、運が良かったんですよ」と僕は嘘を言った。
「神田の女関係ねえ。わたしも知りませんでしたよ。いつどうやって調べたんですか」と北川が訊いた。
「出かける前です」
「あの短時間にですか」
「時間は関係ありませんよ。とにかく神田に会えたんだから、いいじゃないですか」と言って、僕は話を切り上げた。