小説「僕が、警察官ですか? 5」

十一
 月曜日になった。
 まだ、未解決事件を解決していない北川雄一と横井寺生がうずうずしていた。未解決事件の資料箱をあさっては、自分に向いた事件がないか探していた。
 そうこうしているうちに午後五時になった。今日は剣道の稽古の日だった。剣道の道具を持って、隣の道場に向かった。
 剣道着に着替えると、道場に入った。僕は一番乗りだった。だから、竹刀で素振りをしていた。
 そのうち部員が集まり出した。そして、西森が来た。
 西森は僕のところにやって来て、「凄いじゃないですか。未解決事件捜査課に来て一月もしないうちに三件も事件を解決するんですか。何か秘訣でもあるんじゃないですか」と言った。
「そんなものはありませんよ」と僕は言った。
「いや、何か持っていますよ」と西森は言った。
 僕は応えなかった。まさか、あやめを持っているとは言えなかったからだ。

 火曜日に未解決事件捜査課に行くと、北川が待っていたとばかりに捜査ファイルを持って、僕のデクスにやって来た。
「これはどうですか」と言った。
 僕はファイルを受け取り、読んだ。
 五年前の二〇**年八月三日深夜に起きた結城寛一、四十二歳の刺殺事件だった。犯行現場は南新宿六丁目の路地裏だった。
 凶器は現場には残されていなかった。ナイフのような鋭利な刃物で、心臓に達するほどに胸を刺され、死亡原因は出血多量によるものだった。
 結城は鋭利な刃物で刺された時に、抵抗したようで、右手の爪の間に犯人のものと思われる皮膚片が残っていた。そこからDNAによる鑑定ができたが、関係者でDNAが一致する者はいなかった。
 結城寛一の通帳から同年の七月九日に五百万円が引き出されていた。捜査は、当然のように、主にこの五百万円の使途について行われたが、結局、その使い道は分からずじまいだった。そして、事件はお蔵入りとなった。

 現場である南新宿六丁目の路地裏に、北川と行ってみることにした。西新宿署から歩いて二十分ほどのところだった。
 その辺りは、オフィスビルと飲食店が混在していて、事件現場はオフィスビルの並ぶ通りの路地裏だった。昼間だから、人通りはあったが、深夜ともなれば、人気はなかっただろう。
 現場に立って、僕はズボンのポケットのひょうたんを叩いた。
 心の中で、「被害者の霊気を読み取れ」とあやめに言っていた。
 しばらくして、映像が流れてきた。
 神田小次郎に結城寛一が刺されている映像だった。神田は金を支払おうとしない結城寛一を痛めつけるつもりで、人気ない午前一時に南新宿六丁目の路地裏に呼び出したのだった。結城寛一は株の信用取引による株の闇取引に手を出していた。その道に結城寛一を引きずり込んだのが、神田小次郎だった。神田は関友会の構成員だった。この辺りでは名の知られた闇相場師だった。神田の甘言に踊らされて、結城寛一はある株を一万株、前年購入した。もちろん、嘘の取引だった。実際には株は購入せずに、株の代金は神田小次郎の懐に入った。そして、嘘の情報で最初のうちは高騰して儲かったもののように装い、結城寛一はその嘘の株を二万株に増やしていた。それが当年、六月になって暴落した。もちろん、これも嘘だった。しかし、信用取引の決済日が来て、神田は七月に一千万円を支払うように結城寛一に言った。結城はしぶしぶ五百万円を払った。しかし、それでは足りなかったのだ。
 事件のあった八月三日の一週間前から結城寛一は神田に再々、金の要求を受けていた。そして、その日、南新宿六丁目の路地裏に午前一時に呼び出されて、もう五百万円を出すように脅されていた。しかし、結城寛一にはそんな金はなかった。
 午前一時に神田が結城寛一を呼び出したのは、神田が結城寛一を痛めつけるためだった。それを結城寛一は分かっていたから、身を守るためにナイフを持って行った。しかし、それが仇となった。百戦錬磨の神田には、すぐにナイフをもぎ取られた。
「こうなったら、警察に言って何もかもぶちまけてやる」と結城寛一は言った。逆上した 神田は結城を刺した。その際、結城は神田の腕を引っ掻いたのだ。

「北川さん、神田小次郎という男を知っていますか」と僕は訊いた。
「課長、わたしは元は捜査二課にいたんですよ。この辺りの大抵のヤクザは知っていますよ。神田は関友会の構成員で、株の闇取引に長けた男です」と答えた。
「その神田小次郎が今回の犯人です」と僕は言った。
「課長。どうしてそのようなことが言えるんですか」と北川は訊いた。
「警察官の勘です」と僕は答えた。
「神田のDNAを調べれば分かることです」と続けた。
「それが難しいんですよ」と北川は言った。
「どういうことですか」と僕は訊いた。
「神田は神出鬼没なんです。どこにいるのか掴むのが難しいんです」と北川が言った。
「神田の居所を知っている者を見つけるのは、難しいですか」と僕は訊いた。
「いいえ、それはできますが、彼らは口が堅いですよ」と北川が答えた。
「神田を知っている者のところに連れて行ってくれますか」と僕は言った。
「いいですけれど、無駄ですよ」と北川は言った。
「それでもいいんです」と僕は言った。
 神田の居所を知っている可能性のある男として、歌舞伎町の片隅でバーの店長をやっている葛西敬一の名前を北川は挙げた。
「じゃあ、行ってみましょう」と僕は言った。
「えっ、行くんですか」
「そうですよ。あなたの車で」と僕は言った。