小説「僕が、警察官ですか? 5」

十三
 次の日、鑑識から結果が届いていた。被害者の右手の爪の間に残されていた皮膚片のDNAと神田の毛髪のDNAが一致した。これで令状が取れる。
 午後になって令状が下りると、神田を逮捕するだけだった。だが、神田がどこにいるか分からなかった。
 昨日、あやめは神田の頭の中も読み取っていた。下条明子、雪島香、中井恵子のいずれかのところに泊まったのに違いなかった。
 それぞれの住所も分かっていたので、片っ端から当たっていくしかなかった。
 まず下条明子のところに行くことにした。北川の車に乗ると、千人町一丁目の下条のマンションに行った。しかし、下条はいなかった。ズボンのポケットのひょうたんも反応しなかった。北川はここにはいないのだ。
 次は、北高田馬場五丁目の雪島香のところだった。五階建てのマンションの最上階に住んでいる。
 雪島のマンションに行くと、ズボンのポケットのひょうたんが反応した。ここに神田小次郎がいる。
 ドアホンを押した。しばらくして、ドアが開いた。ネグリジェにガウンを着た女が顔を見せた。
「誰」
 北川が警察手帳を見せて、「警察の北川です。ここに神田小次郎さんがいませんか」と言った。
「いないわよ」と香は答えた。
 僕が警察手帳を見せて「警察の鏡です。奥にいるでしょう。入らせてもらいますよ」と言った。
「嫌よ。何の権利があってそこまでするの」と香は言った。
「神田小次郎には逮捕令状が出ているんです。かばい立てをするとあなたも公務執行妨害罪で逮捕しますよ」と僕は言った。北川が令状を見せた。
 その間に、僕はドアを大きく開けると、香を押しのけて、土足で部屋の中に入っていった。
 奥の部屋を開けると、神田が襲ってきた。僕は時を止めて、神田の足を払った。そして時を動かすと神田は転んだ。僕は神田にのしかかり、右手を後ろにひねった。
「北川、手錠を」と僕は叫んだ。やはり、土足で入ってきた北川が神田の右手に手錠をかけると、僕と替わって神田にのしかかり左手も後ろに回して手錠をかけた。
 手錠をかけた神田に令状を見せた。そして北川は「結城寛一殺しで逮捕する」と言った。

 署に神田を連行すると、午後三時から六時まで取調を行った。神田は完全黙秘を貫いた。
 午後六時に神田を留置場に入れた。明日は午前十時から取調を行うことになった。
 その間に、あやめを使って、神田の頭の中を読み取っていた。神田は今回の殺人のほかに二件の殺人を犯していた。そのいずれも証拠がなく、未解決事件になっていた。それは埼玉と千葉で起こした事件だった。管轄外だったから、西新宿署には資料がなかった。だから、本人に自供させる以外にどうすることもできなかった。その件は明日に回すことにした。

 家に帰ると、すぐに風呂に入った。あやめを使って読み取った神田の頭の中の映像が浮かんできたが、それは、明日の取調の時に検討することにして、早く風呂から上がった。
 夕食はお好み焼きだった。京一郎のリクエストらしかった。
 僕もビールを飲みながら、お好み焼きを食べた。海鮮風で、たこやイカがたくさん入っていた。
 ききょうも二枚目を食べていた。京二郎はミルクだった。

 ベッドに入った。きくは京二郎をベビーベッドに寝かしつけると隣に入ってきた。
 お好み焼きの後片付けが大変だった。ホットプレートを綺麗に拭いて、棚に上げたりしなければならなかった。大皿も四枚になると洗って拭くだけでも大仕事だった。余ったお好み焼きはラップをして、冷蔵庫に入れた。
 きくは疲れたらしく、すぐに眠った。
 僕は時間を止めてベッドから抜け出し、あやめと会った。ダイニングのソファであやめと交わった。その後、「明日も頼むぞ」と言って、シャワーを浴びた。パジャマを着るとベッドに入り、時間を動かした。すぐに眠くなった。

 次の日、未解決事件捜査課に行くと、北川が神田は弁護士と接見中だと言った。これだと、午前十時からの取調は難しいかも知れなかった。
 僕はデスクに座ると、あやめから得た神田の映像を再生した。埼玉と千葉で起こした殺人事件が気になったのだ。
 埼玉の方は、北福岡市の廃工場が現場だった。十年前の事件だった。神田に呼び出された木元順平が相手だった。木元は神田に隠れて、詐欺を働いていた。その利益の上前を神田に上納しなかったのだ。神田が上納を迫ると、木元は鼻で笑った。
「俺はあんたの子分じゃないですよ」と言った。
 神田と木元は杯を交わしていないから、親分・子分の関係ではない。しかし、神田からすれば、子分のつもりだったのだ。その気で目をかけてきたのに、裏切られた思いがした。
 二人は言い争いになった。神田が突き飛ばした時、木元はそのまま後ろに倒れて鉄板の角に頭を打ち付けた。神田が、木元を起こそうとした時、ぐっと手を捕まれた。しかし、それも一瞬だった。木元はぐったりとしたまま、意識を無くした。打ち所が悪かったのだろう。その状態で亡くなった。
 神田はすぐに逃げた。木元の手の指先には、神田の手の皮が残った。それが唯一の物証だった。だが、何故か捜査の手は神田まで及ばなかった。警察は詐欺をされた者の仕返しだと見立てたのだ。その見立てが誤っていた。それで未解決になった。
 千葉は、南習志野市が舞台だった。八年前の事件だった。これは借金の取立てだった。工場が終わった頃、神田は根室弘に会いに行った。もちろん、貸した金を返させるためだった。それがだめなら、工場を取り上げるつもりだった。
 工場では二人きりになった。お互いその方が都合が良かったのだ。根室には最初から返す金はなかった。工場を手放すから、それで借金をチャラにしてくれと、神田には言った。借用書も持って来るように言った。だが、根室には金を返すつもりも、工場を手放すつもりもなかった。神田を殺せば、なんとかなると思っていたのだ。そこまで、根室は追い詰められていた。神田と会う時、ナイフを隠し持っていた。しかし、それが仇となった。
 腹部を刺そうと身構えた時、神田にナイフを取られたのだ。この時、神田はナイフの刃に触れて手に怪我をした。それで逆上した神田は、ナイフをもぎ取ると、根室の胸を刺した。ナイフは心臓までに達していた。根村は仰向けに倒れた。
 神田はそのまま逃げた。
 警察はもちろん神田をマークした。しかし、神田には、偽のアリバイがあった。その日、仲間と徹夜でカラオケをしていたことになっていた。仲間とは、神田の子分たちであり神田の言うことを聞かない者はいなかった。
 捜査は暗礁に乗り上げた。しかし、ナイフには神田の血も付いているのだから、DNA鑑定をすればその偽のアリバイも崩せたはずである。だが、そこまで頭の回る者が南習志野署にはいなかったのだ。その結果、未解決事件になった。