十五
神田は結城を刺したことは認めた。ただ、殺意の有無で、取調は平行線になった。
そのまま午後五時が来たので、今日の取調は終わった。
未解決事件捜査課に戻ると、沢村と村瀬が待っていた。それぞれ捜査資料を出して、一度にしゃべろうとしたから、僕は沢村から順番に話すように言った。
「これが捜査資料です。捜査資料の中にあった犯人のものと思われるDNAとこちらが持って行ったDNAの鑑定結果が一致しました。この事件の犯人は神田小次郎です」と沢村が言い終わると、「こっちもこれが捜査資料です。やはり資料内の犯人とおぼしきDNAとこちらが持って行ったDNAの鑑定結果が一致しました。犯人は神田小次郎で間違いありません」と村瀬が言った。
「そうか。お疲れ様。これでこっちの件でも神田をしょっ引けるな」
「ええ、そりゃもう。しかし、管轄が向こうなので、逮捕は向こうがするそうです」と沢村が言うと、「こちらも同じです」と村瀬も言った。
「それは相手に任せようじゃないか。こっちは五年前の結城寛一さん殺しだけを解決すれば良いんだから」
「そうですね」と二人とも言った。それで二人はデスク前から離れた。
僕は鞄を手にすると、「お先に」と言って、未解決事件捜査課を出た。
家に帰ると、きくとききょうと京一郎と京二郎が出迎えてくれた。京二郎はきくに抱っこされていた。
「先にお風呂になさいますか」
「そうだな、風呂にしようかな」
「京二郎も一緒にお願いしますね」ときくは言った。
「分かった」
京二郎はまだ〇歳だった。今年の十二月二十七日が来て一歳になる。おむつを取ると、ベビー用のシャンプー兼ボディーソープで躰を洗った。シャワーを丁寧にかけて、脱衣所で待っていたきくに渡した。
その後で、僕は躰と頭を洗い、髭を剃った。そして風呂に入った。
神田は明日にも全面自供するに違いない。その手応えはあった。そうなると、一度、検察に送った後、埼玉県警と千葉県警から逮捕状が出て、それぞれ取調を受けることになるのだろう。その先のことは考えても仕方がなかった。
夕食はビーフシチューだった。フランスパンもきくが焼いたと言う。それを切って皿に盛り付けていた。
僕はビーフシチューにフランスパンをちぎって付けて食べた。美味しかった。
ききょうも京一郎も美味しいと言って、おかわりをした。
夕食が終わると、ききょうと京一郎は自分の部屋に入っていった。京一郎は宿題をやるんだと言っていた。ききょうは受験勉強なのだろう。もう、きくが見てやるわけにはいかなくなっていた。
僕は寝室に入って、久しぶりにテレビを見ていた。クイズ番組をやっていた。そのうち、眠くなってきた。少し、うたた寝をしたようだ。
きくがベッドに入ってきた。僕は目が覚めた。まだ、クイズ番組はやっていた。テレビは消した。
「疲れているんですか」
「まぁな。いろいろあって、大変だよ」
「そうですか」
「きくは大変じゃないのか」
「わたしも大忙しです。何にしても、京二郎の面倒を見なければならないので、買物に行くのも大変です」
「そんな時はお袋に京二郎を預ければ良いじゃないか」
「そんなに甘えていられませんわ」
「お袋が口うるさいのか」
「いいえ、そんなことはありません。自由にさせてもらっています」
「だったら……」
「自由にさせてもらっている代償です。かまってもらうより、自由にさせてもらえる方が気が楽ですもの」
「そういうものか」
そう言うと僕はベッドに潜り込んだ。きくが電気を消して、僕に身を寄せてきた。僕は振り向いて、きくを抱き留めた。久しぶりにきくと交わった。
翌日、午前九時に未解決事件捜査課に行くと全員が揃っていた。
全員がファイルを読んでいた。
僕は北川を呼ぶと、「今日の取調はあなたにやってもらう」と言った。
「えっ、わたしがやるんですか」
「そうだ」
「でも、やったことがないんですけれど」
「誰にでも最初というものがある。やってみることだ」
神田の取調は午前九時半に始まった。
取調官が替わったことで、神田は落ち着いたようだが、替わってもらったのには意味があった。僕はあやめを使って、結城寛一殺しの映像を繰り返し神田に送った。
神田はとうとう観念したようだった。
北川の取調にちゃんと答えるようになった。
「それは自白したと思って良いんだな」
「そうとってくれてもかまわない」
とうとう、神田は落ちた。僕は調書をとった。そして、午後になって、僕が調書を読み上げて「どこか違っているところはないか」と訊くと、「ない。それでいい」と言うのでサインをさせて拇印を押させた。
これで神田の結城寛一殺しの件は落着した。後は、埼玉県警と千葉県警に任せるだけだった。