僕が、警察官ですか? 4

二十八
 月曜日になった。
 剣道の道具と鞄を持って、家を出た。
 定時に安全防犯対策課に入った。
 メンバーは揃っていた。
「おはよう」と言って、僕はデスクに座った。
 そこに岸田信子から携帯に電話がかかってきた。
「おはようございます。今、大丈夫ですか」と言った。
「ええ、大丈夫です」と答えた。
「この前はありがとうございました。あれから、弟と話して、事情はよく理解できました。弟は峰岸康子さんをサポートするんだと意気込んでいました。今は好きにさせておくしかないと思っています」と言った。
「そうですか」
「ご都合のいいときにお礼をさせてください」と言った。
「いや、お気遣いなく。気持ちだけお受けしておきます」と僕は言った。
「メールアドレス教えて頂けませんか」と言った。
「メールアドレスですか。****です。でも、どうして」と訊き返した。
「また、弟のことでご相談するかも知れないので……」と答えた。
「そうですか」
「電話の方がいいですか」と岸田は言った。
「いえ、メールの方がいいです」と僕は言った。
「じゃあ、メールしますね。これで失礼します」と言って電話は切れた。
 途端に、きくの顔が浮かんだ。いやいや、これはメールだから、会うわけじゃない、とその顔に向かって心の中で呟いていた。

 午前中も午後も書類に判を押すだけだった。
 安全防犯対策課のメンバーはキャラクターのデザインが決まったら、それをどう活用するのかを考えていた。
 お昼の弁当は、海苔弁当に一際大きくハートマークを作っていた。もちろん、誰にも見られずに食べた。

 退署時刻になったので、剣道の道具と鞄を持って、安全防犯対策課を出た。
 西新宿署に行くと、地下に降りて、更衣室で剣道着に着替えた。
 道場に出ると、西森が待っていた。
 面をつける前に、「あれから重森昭夫はどうしました」と訊いた。
「そのことは後でラウンジで話します」と西森は言った。
「分かりました」と言って、僕は面を被った。
 西森とは三十分間、打ち合いをした。
 汗がびっしょりと出た。
「そろそろ、上のラウンジに行きますか」と西森が言った。
「いいでしょう」と僕は答えた。
 シャワーを浴びて着替えると、剣道の道具と鞄を持って、ラウンジに上がって行った。
 お互いに缶コーヒーを買って、テーブルについた。
「あれからどうなりました」と僕が訊いた。
「あなたにやられたことだけは合点がいかないようでした」と西森は言った。
「私を見失ったことを忘れているだけですよ。照準から外れれば、この暗さですからね。再び、私を見つけることは困難だったと思いますよ。私は再び、照準を合わせられないように必死に建物の下に走りましたからね。三百メートルですから、一分もかかってはいません。後は前に話したとおりです」と言った。
「そうですか。とにかく、あなたに会ってからは、それまで黙秘を続けていたのに、あっさりと自供しましたよ」と西森は言った。
「島村勇二との関係も話しましたか」と訊いた。
「ええ。島村にあなたを射殺するように依頼されたことを認めました」と答えた。
「そうですか」
「島村勇二は新潟のリゾートマンションに潜伏していたようです。その情報を掴んで行った時は、一歩先に逃げられたようですがね」と西森は言った。
「新潟にいたんですか」
「ええ。でも、捕まるのはもう時間の問題です。新潟でもコンビニの店員が、島村勇二に似た人がよく買物に来るっていう通報を受けたからなんです。通報を受けた後は来なくなったので、その辺りのリゾートマンションをしらみつぶしに当たっていったところ、潜伏していた形跡のある部屋を見つけたそうなんです。今、島村勇二の指紋と照合している最中ですが、間違いないでしょう。コンビニの防犯カメラに写っていたのは島村勇二でしたから」と言った。
「どうやって確認したんです」と訊いた。
「防犯カメラの映像をテレビに映しているのを、携帯で送ってきたんです。それを見たら島村だとわかりましたよ」と言った。
「そうなんですか。今は便利なんですね」と言った。
「まぁ、そうですね」と西森は言った。
「今、奴は何処にいるんでしょうね」と僕は言った。
「さぁ、もう関友会も見放しているようですから、隠れる所は限られています。そう、長くは隠れ切れるもんじゃあ、ありません。そのうち、どこかで見つかりますよ。もう時間の問題です」と言った。
「関友会は島村勇二を見放しているんですか」と僕は訊いた。
「そりゃ、そうですよ。警察官を射殺しようとした者をかくまえば、自分に火の粉がかかることぐらいわかっていますからね。関友会といえども、表立って、警察と張り合うことはしませんよ」と西森は言った。
「そういうもんなんですか」
「ええ、ヤクザも一線を越えられないことぐらいはわかっていますからね。警察官を狙ったとなると、庇い切れませんよ。それに島村勇二は関友会にとっても、やっかいな存在だったようですよ」と西森は言った。
「そうなんですね」
「ええ。跳ねっ返りっていうんですかね。関友会の中でも、時々問題を起こしていたようです」
「じゃあ、警察に捕まえてもらった方がいいって訳ですね」と僕は言った。
「そこまで、あけすけには言いませんが、内心はそう思っている連中は多いようですよ」と西森は言った。
 それから少し話をして別れた。

 僕は家に歩いて帰った。
 きくが出迎えてくれた。
 剣道の道具を納戸にしまい、鞄の中から弁当と水筒を出すときくに渡した。
「今、ききょうが入っていますから、出たら声をかけますね」ときくは言った。
 僕は寝室に入って、着替えた。
 携帯を見るとメールが届いていた。
 岸田信子からだった。
『土曜日はありがとうございました。大変、助かりました。また、相談にのってくださいね』と書かれていた。
 返信はしなかった。

 ききょうが風呂から上がったと言うので、風呂に入りに行った。
 浴槽に浸かって、しみじみと思った、今日はデスクワークだけだったけれど、デスクワークっていうものは疲れると。
 自分には安全防犯対策課は合っていないのかなぁ、と思うようになった。
 何しろ退屈なのが、一番いけなかった。