僕が、警察官ですか? 4

二十三
 次の日の朝のテレビのトップニュースは、警察官射殺未遂事件だった。ニュースでは、帰宅途中で狙われたとなっていた。狙われた警察官の氏名は公表されなかった。
 犯人の重森昭夫と、彼に狙撃を指示したと見られる島村勇二については、詳しく報じられた。
 朝刊の一面も警察官射殺未遂事件がトップ記事だった。

 朝食が済むと、子どもたちは学校に行く準備をした。そして、友達が来ると、学校に行った。
 きくに「ききょうは元気にしているようだな」と言うと、きくは「そうでもないんですよ」と言った。
「昨日は言わなかったんですけれど、日曜日に買物に一緒に行った時に、向こう側から車が来ると、わたしの陰に隠れて、わたしの手を握ったんです。よほど、誘拐された時のことが怖かったんでしょうね」と言った。
「そうか。やはり、トラウマになっているか」と僕は言った。
「だが、見守っていくしか、しょうがないな」と僕は続けた。
「そうですね」ときくは言った。

 僕も家を出る支度をして、黒金署に向かった。
 安全防犯対策課に入ると、メンバーは待ち構えていたかのように質問をしてきた。
「課長、大変でしたね。どうして狙われたんですか」
「鏡課長。ご無事で何よりでした。狙った相手に心当たりはありますか」
「課長も災難でしたよね。相手はどういう奴だったんですか」などなど……。
 僕はデスクに着くと、みんなの視線を浴びた。
「いろいろ訊きたいことはあるだろうけれど、全部には答えられない。分かっていることだけは話す。それでいいな」と言った。
「はい」と言う返事が返ってきた。
「まず、ここを出てから、西新宿署に向かった。昨日は剣道の稽古日だったからだ。そこの道筋を狙われた。相手は、重森昭夫、三十五歳だ。外人部隊にいたという話もあるが、真偽は知らない。重森昭夫とは面識はない。ただ、雇われて、私を狙ったのだろう。雇い主は島村勇二だ。島村勇二には娘の誘拐にも関わっている。未遂だから、発砲はされていない。狙われているという胸騒ぎがしたので、狙うのに可能な建物を見つけ、そこに行ったら、私の来るのを待っていた重森がいたという訳だ。それで、少し痛めつけて、気絶させた。それから、警察を呼んだ。以上だ」と言った。
「相手は、課長が来るのに気付かなかったんですか」と鈴木が訊いた。
「相手に気付かれるように近づくヘマはしないよ」と答えた。
「島村勇二に狙われる理由は何ですか」と岡木が訊いた。
「それは分からない。奴とはいろいろあるからな。とにかく、私が邪魔だったんだろう」と答えた。
 一段落がついたかと思ったら、電話がかかってきた。
 緑川が電話に出て「署長がお呼びです」と言った。
 今度は署長かと思った。

 署長室に入って行くと、副署長もいた。
 署長は応接のソファを指さし「そこに座って」と言った。
「失礼します」と言って、指示されたソファに座った。
 署長はデスクの椅子から立って、僕の座っている応接ソファの向かい側に座った。
 その横のソファに副署長が座った。
 署長はテーブルの上にあった電話を取って、「お茶を三つ頼む」と言った。
 すぐに女性の警察官がお茶を運んできて、僕らの前に置いて出て行った。
「昨日は、狙撃されそうになったんだってね」と署長は言った。
「はい、そうです」と言った。
「撃たれなくて良かったね」と署長が言った。
「第六感というか、胸騒ぎがしたんです。それで、周りの建物を見回したら、遠くのマンションから狙撃銃で狙われている気がしたんです。それで相手に悟られないようにその建物に近付いて、屋上にいた犯人を捕まえたんです」と言った。
「逮捕したのは、西新宿署の西森だそうだね」と副署長が言った。
「ええ、剣道の稽古仲間なんです。私は手錠を持っていないので、携帯で彼を呼び出したんです」と、途中経過を端折って話した。
「君が逮捕して良かったんだよ。現行犯だから、逮捕できるのに」と副署長は言った。
「そういうことにはあまり興味がないので、西森に譲りました」と言った。
「欲がないんだな」と副署長は残念そうに言った。
「それにしても、この前はお嬢さんが誘拐され、今度は狙撃されそうになるなんて、、尋常じゃないな」と署長が言った。
「私もそう思います」と僕は言った。
「何か心当たりでもあるのか」と署長が訊いた。
「署長も前に刑事をしていたことがあるでしょう」と言うと、「もちろんあるとも」と答えた。
「そういう時に未解決事件はありませんでしたか」と訊いた。
「そりゃ、もう長いことやっていれば、未解決事件の一つや二つはあるもんさ」と署長は答えた。
「そう言った未解決事件は気になりませんか」と訊いた。
「もちろん、気になるさ。自分で調べ直したりしたこともあった」と署長は答えた。
「私にもあるんです。交番の所長をしていた時に、一つ未解決事件があったんです」と言った。
「それはどういう事件なんだね」と署長は言った。
「二〇**年**月のことですが、その時に、NPC田端食品株式会社が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入するという事件が起きたんです。この事件では関係者が、三十六名まで絞り込めたんですが、結局、誰が何のために混入したか分からずじまいで終わってしまいました」と言った。
「その事件なら覚えているよ。そのドリンクを飲んだ人が車の事故を起こしたんだよな」と署長は言った。
「そうです」と僕は言った。
「その事件と君が狙撃されそうになった事と関係があるのか」と署長は訊いた。
「そうだと思います。私は気になって、西新宿署の未解決事件捜査課に行ったんです。NPC田端食品株式会社の本社が新宿区にあるので、この事件は西新宿署が未解決事件として扱っていたのです。そこで、その資料を調べました」と言った。
「どうなったんだ」と副署長が訊いた。
覚醒剤をドリンクに混入したのが、凉城恵子だということが分かりました。しかし、彼女は交通事故で亡くなっていたのです。でもこれは単なる交通事故ではなく、高橋丈治という男を島村勇二が使って轢き殺させたものだということが分かりました。そこで、高橋丈治が品川署に逮捕され、島村勇二は追われることになったんです」と僕は言った。
「そんなことがあったのか」と署長が言った。
「それからです。島村勇二が僕を狙うようになったのは」と言った。
「逆恨みだな」と副署長が言った。
「ええ」と僕は応えた。
「お嬢さんは、その後、元気に学校に行っているのかな」と署長は訊いた。
「ええ、一応、元気ですけれど、やはり後遺症は残っているようです」と答えた。
「どんな」と署長は訊いた。
「妻の話では、車が来ると、妻の陰に隠れるそうです」と言った。
「無理もないな」と署長は言った。
「島村勇二は全国手配になったから、そのうちに逃げ切れなくなるだろう。逮捕するのは時間の問題だ」と副署長は言った。
「そう願いたいです」と僕は言った。
 署長と副署長とは、それから少し話をして、署長室を出た。