僕が、警察官ですか? 4

二十二
 定時になったので、僕は剣道の道具と鞄を持って、安全防犯対策課を出て、西新宿署に向かった。
 西新宿署の近くまで来ると、建物が取り壊されて更地になっている所が多くなってくる。そこを歩いている時だった。嫌な予感がした。そして、突然、ズボンのポケットのひょうたんが激しく振動した。その瞬間に、僕は時を止めた。
「どうした、あやめ」と言った。
「主様は狙われています」とあやめは言った。
「どこだ」
「三町めほどの所にある建物の屋上からです」と言った。
 一町は約百九メートルだから、三町めということは、三百二十七メートルほどの所にあるビルの屋上から狙われていることになる。周りを見回してみて、そのくらい離れていて、ここまで見通せる建物はいくつもなかった。ひとつ、それらしき建物が見えた。この遠さだと、僕を狙うとしたら、狙撃銃しか考えられなかった。
 その建物まで走って行った。近付いてみると、古いマンションだった。五階建てだった。外階段があったので、上って行った。
 屋上のドアには鍵がかかっていなかった。ドアノブを回すと簡単に開いた。
 屋上に出ると、俯せになって、狙撃銃を構えている男を見つけた。
 僕は竹刀ケースから定国を取り出すと、その男の両腕と両足を峰打ちで打った。骨が折れたことだろう。
「あやめ。こいつの頭の中を読み取れ」と言った。
「はーい」とあやめは言った。
 しばらくして映像が流れてきた。
 こいつは、重森昭夫、三十五歳だった。二十代の頃、外人部隊にいて、戦地も経験していた。狙撃銃の腕は抜群だった。
 一ヶ月も前から僕をつけ狙っていた。その中で、僕が月曜日に西新宿署に行くことを突き止めたのだ。後は、狙撃銃で狙える建物を探すだけだった。最近はセキュリティが厳しいから、新しいビルは狙撃銃を持って屋上に行くのは難しかった。そこで見つけたのが、この建物だったのだ。先週は予行演習でこの建物に来ていた。僕が時間通りにここを通り、射撃して当てられることを確認して、今日の実行に移ったのだ。
 僕は時間を動かした。
 足元で重森が呻いていた。奴の懐を探って携帯を取り出した。そして、電話の履歴から島村勇二を見つけるとかけた。
 島村はすぐに出た。
「やったか」と言った。
「おあいにくだったな」と僕は言った。
「鏡か」と島村は言った。
「そうだ。狙撃銃でも駄目だったな」と言った。
 その途端に島村勇二は携帯を切った。
 今頃、歯ぎしりをしていることだろう。
 今度は自分の携帯から西森に電話をした。なかなか出なかった。剣道の稽古でもしているのかも知れなかった。西新宿署に電話をした。
「はい、事故ですか、事件ですか」とオペレーターが出た。
「剣道場にいる西森さんを呼んでください。私は鏡京介と言います」と言った。
 しばらく待った。
 西森が出た。
「どうしたんですか。今日は来ないんですか」と言った。
「狙撃されそうになったんですよ」と言った。
「無事なんですか」
「ええ。今、犯人を捕まえています。早く来てもらえませんか」と言った。
「今、稽古中だったもので……。でも、どこですか」
「ここはどこだろう。古い五階建てのマンションです。ここからは西新宿署が北西に見えますよ。だから、その反対側に見えるはずです」
「わかりました。すぐに行きます」
 三十分ほどしてパトカーが建物の下に来た。西森は外階段を駆け上がってきた。
「無事でしたか」と言った。
「もちろん、無事ですよ」と言った。
「こいつですか。狙ったのは」
「ええ。今は動くことができません。勢い余って、両腕と両足の骨を折りましたから」と言った。
「それはまた……」と西森は言った。
 その時、鑑識がやって来た。
「狙撃犯はこいつですか」と訊いた。
 西森が「彼は中村と言います」と僕に言った。僕は西森に頷いた。
「ええ、そうです」と言った。
「済みませんが、少しどいていてもらえますか」と中村が言った。
「分かりました」と言って、僕らはそこから離れた。もちろん、鞄と剣道の道具も持って。
 鑑識は写真を撮っていた。
「これでまたニュースになりますね」と西森は言った。
「もう、いい加減にして欲しいですよ」と言った。
「奴が鏡警部を狙ったとすれば、島村勇二の指図でしょうね」と西森が言った。
「携帯の履歴を見れば分かるでしょう」と僕は言った。
「そうなると、島村勇二はもう全国手配しないといけないでしょうね」と西森は言った。
「ぜひ、そうしてください」と僕は言った。
「これだけのことをやったんだから、そうなりますよ」と西森は言った。
 中村が「犯人の両腕と両足の骨を折ったのは、あなたですか」と僕に訊いた。
「そうです」と答えた。
「どうやって」
 竹刀ケースを見せて、「これを振り下ろしたんです」と言った。
「それに無反動が加われば、骨も折れるってもんですよね」と西森は言った。
「私は帰ってもいいですか」と僕は中村に訊いた。
「ええ、どうぞ」と答えた。
「私は残ります。この男を逮捕しなければなりませんから」と西森は言った。
「では、今日の剣道の稽古は休みますね」と僕は言った。
「どうぞ」と西森は言った。
「じゃあ、また」と言って、僕は屋上を出て、外階段を下りていった。

 家に帰ると、きくは「今日は剣道の稽古の日ですよね。早かったですね」と言った。
「ちょっとな」と言って家に上がった。まさか、狙撃されそうになったとは言えなかった。
 剣道の道具を納戸に入れて、きくに「風呂に入る」と言った。

 風呂から出て来て、ビールを飲みながらテレビをつけた。午後七時のニュースでは、狙撃犯が捕まったというニュースは流れていなかった。僕はホッとした。
 テレビを消した。

 子どもたちが風呂に入るじゃんけんを始めた。今日はききょうが勝った。
 プリントは僕が帰ってくる前に済ませていたのだろう。
 京一郎も風呂に入り、上がってきて、しばらくすると、夕食になった。

 夕食を終えて、休んでいる時に、テレビをつけた。午後九時のニュースが流れた。
 今度は、警察官が狙撃されそうになったというニュースが流れた。
 犯人は、重森昭夫、三十五歳で、二十代の頃、外人部隊にいて、戦地も経験しているということも伝えていた。それに併せて、島村勇二が全国に指名手配になった。警察官の狙撃未遂事件には、島村勇二も関わっている可能性が高いと伝えていた。
 島村勇二のことは、堺物産株式会社の元部長、四十二歳と報じていた。顔写真も映していた。いよいよ、島村勇二にも包囲網が敷かれた。