僕が、警察官ですか? 2

二十五
 僕は、警察のデータから過去に起きた女性絞殺事件を調べたことを話した。その中で、引っ掛かったのが、秋田で起こった二件の絞殺事件だった。
 僕はこの土日に、秋田の男鹿に旅行に行ったことを西森に話した。そして、昨日、事件の起こった西秋田市の万秋公園と三つ森公園に行き、そこで感じたことも話した。
「特に三つ森公園の絞殺体のロープ痕を照合してみてください。これまでの連続絞殺事件と同じはずですから」と言った。
 西森は僕の話を手帳にメモすると、「済みません。これで失礼します。すぐに捜査本部に行きます」と言って、飲み干した缶コーヒーを上手くゴミ箱に投げ入れると、エレベーターに向かった。
 後は西森の問題だった。西森が僕の話した情報をどう使おうと自由だった。重要なのは、次の絞殺事件を防ぐことにあったからだ。
 明後日が、水曜日だった。

 朝、黒金署に行く前に、西森から携帯に電話があった。
「これから秋田に向かいます」と言って切れた。後ろで、発車のベルの音がしていた。
 時計を見た。午前七時三十二分だった。寝室のパソコンを立ち上げ、路線情報を検索した。すると、午前七時三十二分に東京を出て、午前十一時二十五分に秋田に着く新幹線こまち五号があることが分かった。これに西森は乗ったのだ。
 昨日のうちに上司を説得して、秋田行きを決めたのだろう。そして西秋田署には、その上司から連絡が行くことだろう。西森は今日中に事件現場を回り、資料を手にしたら捜査本部に帰って来るつもりだ。
 そして、明日の事件を未然に防ぐ。それができれば上出来だ。もっとも、物事はそう上手くは行かないだろう。しかし、西森のやっていることは最善の道だった。それだけは確信を持って言える。

 安全防犯対策課に着くと、緑川がやってきて、デスクの上にアンケートの束とその集計表を置いた。
「これを確認してください」と言って、自分の席に戻っていった。僕はアンケートの束を広げて、要望の箇所を読んでいった。
『黒金公園の電灯をもう少し明るいのに変えてください』とか『防犯カメラをもっと設置して欲しい』というのもあった。交差点の信号については、『子どもたちが渡るのには、もう少し時間がかかるので、歩行の信号の青をもう少し長めにして欲しい』というものもあった。
 アンケートの集計は、ざっと目を通して判を押した。そして、デスクにある「済み」の箱に入れた。
 時計を見た。午前十一時半だった。西森は出迎えに来た覆面パトカーに乗って、西秋田署に向かうところだろう。西森のことだから、新幹線に乗っている時から、携帯で西秋田署にやってもらう事柄を伝えているのに違いなかった。
 お昼になったので、愛妻弁当を持って屋上に上がって行った。
 ここから黒金公園が遠くに見える。明日は水曜日だった。今度事件が起きるとしたら、あの黒金公園のような気がしてならなかった。
 西森がいい情報を持って、帰って来てくれればいいが、と心から願った。

 定時になったので、家に帰った。きくとききょうと京一郎が玄関で出迎えてくれた。
 西森は明日、何か言ってくるだろう。今頃は東京に向かっている頃かも知れなかった。
 僕は京一郎を風呂に入れると、京一郎を先に出して、一人で浴槽に浸かって考えた。もし、西秋田市の事件も同一犯だとしたら、西秋田市から北府中市、そして新宿区と住民票を追っていけば、同じ時期に住民票を移動させた者はそういないだろうから、犯人をかなり絞り込むことができるだろう。明日は、西森はもうその作業に取りかかっているかも知れなかった。
 被疑者を何人か特定できれば、その者を監視することになる。そうなれば、次の犯行はとにかく防げる。

 夜になった。きくが眠ったのを確認して、時間を止めた。
 机からひょうたんを持って、ダイニングルームに行った。ひょうたんの栓を抜くと、あやめが現れた。怒っていた。
「一昨日も昨日も待っていたんですよ」と言った。
「済まなかった。一昨日は久しぶりに知らない所でレンタカーを運転したので、疲れたのだ。だから、眠ったら起きられなかった」
「だったら、昨日はどうしたんですか」と訊いた。
「事件のことを西森に話したら、気が抜けたのだ。土日の疲れも残っていたし……」と答えた。
「だったら、今日は大丈夫ですね」と言った。
「ああ」
「じゃあ、許してあげます。その代わり、頑張ってもらいますよ」と言って、僕に抱きついてきた。そして、あやめはすぐに僕の躰の中に入って、交わった。
 長いこと時間を止めていなければならなかったので、僕はすっかり疲れてしまった。
「もう、駄目だ」と言った時、あやめは離れた。
 ひょうたんに栓をし、机に入れると、僕はベッドに戻った。そこで、時を動かした。きくが寝返りを打って、その腕が僕の胸に乗った。

 次の日、定時に安全防犯対策課に僕は行った。
 黒金地区の地図を出して見た。黒金駅から黒金公園までは、飲食街が多くあったが、その一ブロック前から住宅街になっていて、黒金公園を通るとその先も住宅街だった。これだと、黒金駅から歩いて行くとして、黒金公園の向こう側に自宅があれば、黒金公園を取り抜けたくなる。黒金駅から表通りを通って行くと、そこに黒金公園がある。駅から十五分ほどの所だ。
 そして、公園を通れば、住宅街は広がっている。公園はそれほど広くはない。通るのに、七、八分ぐらいだろう。もっとかからないかも知れない。
 黒金公園を見てみようと思った。
 緑川に「ちょっと出てくる」と言って、僕は安全防犯対策課を出た。
 すると、携帯に電話がかかってきた。西森だった。
「今、黒金署ですか」と訊いた。
「ああ、これから黒金公園に行こうかと思っていました」
「それでしたら、こちらに来てもらえますか」
「ええ、いいですよ。でも、どうしてですか」と僕は訊いた。
「もう一度聞きたいのです。あの西秋田の二件目の絞殺事件の首のロープ痕がこちらの絞殺事件のロープ痕と似ているので、今鑑定をしてもらっているところです。それから当時、西秋田市から北府中市、新宿区と住民票を移した者も調べてもらっています。こちらはまもなく、結果が出るでしょう」と西森は答えた。
「だったら、私が行く必要もないでしょう」
「そうはいかないんですよ。北府中市といい、西秋田市といい、警部の情報は的確でした。情報源については、聞きません。知っていることをもう一度話してもらいたいのです」と言った。
「それは私に対する審問と受け取らせてもらっていいですか」と訊くと、「そう思ってもらって結構です。話したことはレコーダーで録らせてもらいます」と言った。
「分かりました。すぐに行きます」と言った。